朝日新聞出版の人気週刊誌『朝日新聞 WEEKLY AERA』。社会問題から芸能関連まで多岐にわたるジャンルの記事を扱い、ビジネスパーソンや女性を中心に広く読者を獲得している。そんな『AERA』はどのように制作されているのか、ネット時代における紙メディアの意義とは何か、木村恵子編集長にお話を伺った。
人の息遣いが伝わる雑誌にしたい
ーー『AERA』の特徴やこだわりについて教えてください。
『AERA』って「人」を大事にしてるんですよ。創刊以来、ずっと表紙に人がドーンと載っているのもそうですけど、企画の内容でも「人」にフォーカスしているということはずっと変わらないですね。インタビュー記事に限らず通常の記事でも「人」を意識していて、人の生き様や息遣いが感じられる雑誌にしたいというこだわりはあります。
あと『AERA』が創刊した1988年の2年前の86年に男女雇用機会均等法が施行されていて、女性の社会進出が叫ばれ始めた時代なんですね。創刊当初は日本経済の黄金期で、国際ニュースなどが中心の雑誌だったんですが、女性の社会進出に伴って、女性に関する記事に力を入れてきたんです。
ーーなぜ雑誌の方向性が変わったのでしょうか。
日本が不況に入って社会全体の空気が変わったことが大きいと思います。人々の関心が、国際ニュースみたいな大きなことよりも、もっと個人的な不安やこれからの生き方に移っていった。そんな中で私が『AERA』に配属された20年前あたりから、女性の生き方とか迷いとか、子育てと仕事の両立とかが社会の関心として高くなってきて。そこで『AERA』もその社会のニーズにあわせて女性の働き方や生き方をテーマに掲げることが多くなったんです。
ーー時代に合わせて変わってきたのですね。
そうですね、「AERA」って「時代」って意味なんですよ。時代に合わせて変わってきた。だから、今も続いている女性の視点を大事にする姿勢は『AERA』の特徴の一つかなって。
あとは、『AERA』は多様性の極みだなと自分で思っていて(笑)。表紙には大人気アイドルや著名人がいるけど、中身では個人的な話題や政治、社会問題など幅広いテーマで書いてあるのが『AERA』の特徴ですね。Web時代の今、多様な記事を読む中で社会について考えてほしいという思いがあります。
紙の雑誌は“宝石箱”
ーー『AERA』はどのようなプロセスで制作されているのでしょうか。
タイムリーな時事ネタからロングスパンで作る著名人のインタビューまで、様々な記事が常に動いていて、常に8週先くらいまでの台割(注)が大まかな構想として決まっています。「この企画は取材が上手くいかなかったからこの週には入れない」、逆に「地震や事件が起きたから何ページか取り替えて次号に入れよう」という感じで調整をしていくんです。
誌面に掲載するページの割り振り
ーー 一番最初に企画会議のようなものがあるのでしょうか。
そうですね。デスクと呼ばれる副編集長5人のそれぞれが編集部員とチームを組んで、毎週、班会で企画出しをしています。そこで挙がった企画をもとにデスク会で編集長の私と副編集長が話し合って、台割を作っていく感じです。
ーー全体のバランスを考えて、企画の構成を変更する場合もあるのでしょうか。
ありますね。台割を見ながら、週ごとの記事の傾向や記事同士の関連をもとに試行錯誤しています。
ネットだと、やっぱり自分の興味関心のある単一情報が中心になりがちですよね。でも紙の雑誌の良さは、その中に宝石箱のようにいろんなものが入っていて、「たまたま読んだらすごく面白かった」みたいな偶然の出会いがあるところだと思うんです。なので、いろんな情報が織り交ぜられている雑誌にしたくて。誰が読んでも面白いようにバランスは心がけています。
生きていることすべてが情報収集
ーー企画立案の際の情報収集はどのように行っていますか。
個々の記者によってそれぞれの手法があると思いますが、『AERA』の特徴として、「自分発」というところがあって。子育ての悩みとか、子どもの中学受験で思ったこととか、記者たちが日々生きながら体験したこと、「おかしいな」と感じたことが出発点となる記事が多いです。生きていることすべてが情報収集ですね。
ーー掲載記事と読者の読みたいものの擦り合わせはどのように行っていますか。
これは正直、私たちもなかなか難しくて。紙の雑誌だと、どの記事を目当てに買われたのかがわかりにくい。一方で、Webサイト「AERA dot.」であれば1本ごとの閲覧数がわかる。でもここでまた難しいのが、紙とWebで読まれるものがイコールであるわけでもない。Webは無料で手軽に読める記事にニーズがある一方で、紙の雑誌はお金を出して買っていただくものなので、違ったニーズがあります。
正直答えはなくて、そういうのを加味しながら、「これだったら刺さるかな」とか言いつつ作ってますね。
ーー誌面制作の中で読者の注目を惹きつけるために工夫していることはありますか。
ビジュアルですね。週刊誌ってザラ紙という分厚くて小さめの紙で作られていて、テキスト中心のものが多いんです。朝日新聞出版では『週刊朝日』(注)がそれにあたりました。
一方で、『AERA』は働いている人々の知的好奇心を満たすことを目的として制作しています。そのために、カラーページを多用したり、ビジュアルや写真にこだわった見せ方を工夫したりしていますね。
それと、紙とWebの違いは意識しています。
Webだと画面という視覚的な制限がある一方で、紙には一覧性がある。たとえば誌面では、Webのように拡大しなくても表などが見やすいですよね。『AERA』はそういった紙媒体の良いところを追求しています。
(注)2023年5月末に休刊。
ーー誌面デザインのこだわりについてお聞きします。
『AERA』は誌面デザインの統一性を重視しています。号によって細かい変更をすることはあっても、見出しの位置を変えたり縦書きから横書きに変えたりはしないですね。基本はあまり崩さない。
ーー基本デザインは固定なのですね。
そう。それがなんとなく『AERA』といえばこれっていうイメージを作るのと、デザインを統一することで整然とした雑誌になるんですね。デザインの統一感によって、おしゃれでかっこいい雰囲気が『AERA』という雑誌のカラーになっていると思います。
ーータイトルや見出しのつけ方について教えてください。
長すぎず一言で内容を言い当てて、しかも普通すぎずドキッとするような言葉を盛り込めたらな、ということは考えます。文字数の制約が大きい中でどうインパクトを出すかを考えたり。
あとは、どこに出すかによって考え方を変えますね。『AERA』本誌に載せる見出しだと、一見しただけではよくわからない見出しとかもあるんですよ。すぐ横に記事があるから、見出しのインパクトで「面白そう」と思って読んでみると意味がわかる、みたいな。Webでも、記事を読ませるための入口として、めちゃくちゃインパクトのある一部分から言葉をピックアップして面白さを出したりします。一方で『AERA』が新聞に出す広告は横に記事があるわけじゃないから、一発でわかるようにしなきゃいけないし、キーワードは文頭に持ってこなきゃいけないという違いがありますね。
―—取材で聞いた話の魅力を記事に反映させるために工夫していることはありますか。
取材って話を聞いている間はすごく面白いんですけど、原稿にしようとすると、その興奮がうまく伝わらなくてもどかしいんですよ。
取材で感じた魅力を読者に伝えられるようになるには、技術的な部分もあるかもしれません。自分の経験から言うと、興奮した状態のものをそのまま書くよりも、少し力を抜いて書くと面白く伝わるという感覚があります。
Web時代、それでも残したい紙の良さ
ーーマスコミ研究会が発行している『ワセキチ』は文章量が多くて、最後まで読んでもらえるのかという不安があるのですが、『AERA』ではどのように工夫していますか。
文字がいっぱいだと読みにくく感じる人もいると思います。けれど、『AERA』の読者には普段から新聞を読んでいて、文字が多くないとかえって違和感を覚える人もいて。
読みやすいように改善する部分と、『AERA』として読者の方が慣れ親しんでいる部分のバランスを考えて制作しています。
ーー巻頭から巻末まで全て読んでもらう想定で制作すべきか、読ませどころを作るべきかも悩みます。
隅から隅まで読んでくれる読者の方がいたらもちろん嬉しいですよね。けれど、多くの情報が行き交う世の中で、どの記事に惹かれるかも多様化しているので。
その多様性に応えられるよう、一冊の中に様々なテーマの記事を散りばめています。
一方で、みんなが興味のあることばかりではなくて、メディアとして書くべき記事も必要というか。たとえば、毎年8月に終戦の記事を出す、とか。
興味がある記事をきっかけに雑誌を手に取ってもらって、そういった社会問題に関する記事なども、読者の心に残ってくれればと思います。
ーー最後に、『AERA』の将来の展望についてお聞きします。
現在、雑誌自体が転換期に来ています。
圧倒的な情報量を捌けるWebやSNSに社会全体が頼りがちですよね。そんな中だからこそアナログの雑誌が持つ多様性や一覧性という良さはずっと残していきたいなと思ってます。
ただそれを残すためには、Webの拡散力や話題性を借りるしかないので、『AERA』もWebサイトやSNSを活用して、デジタルとアナログの融合を目指しています。
そして『AERA』は蜷川実花さんが表紙の人物写真を撮っていて。そういうアーティスト同士のコラボレーションのリッチさは紙でないと表現できないと思います。
表紙のデザインをミリ単位でこだわったり、撮影スタジオで被写体の後ろに隠れてしまう花をたくさんセットしていたり、見えない部分にすごく必死になっている作り手たちの熱も届けていきたいです。
ーーありがとうございました。