その政治を動かしているのはどのような人々なのだろうか。
今回マス研の取材に応じてくださったのは鈴木宗男参議院議員。
昨年の参議院選挙での「奇跡の当選」も記憶に新しい。
鈴木議員の政治に対する思い、
大学生に伝えたいメッセージについて伺った。

自由民主党(以下自民党)所属の参議院議員。1948年生まれ、北海道出身。国務大臣北海道・沖縄開発庁長官(橋本内閣)や内閣官房副長官(小渕内閣)などを歴任。2025年7月の参議院議員選挙では23年ぶりに自民党に復党した。
政治なくして、地方の発展はない
——鈴木議員の国会議員としての矜持をお聞かせください。
私は今の政治家を見て、政治家として何をしたいのか、目的・目標を持っているのか見えてこない人が多いと思います。政治家には国民の代表としてもっと誇りや責任、それに加えて覚悟を持ってほしいと思っています。私は1983年の初当選以前は、中川一郎元農水大臣の秘書をしていて、中川先生は政治家としての強い責任感があった。今の政治家は高学歴・偏差値の秀才で、同じような服に同じようなネクタイ着けて、スマートなのだけど個性がない。信念を持ってやっている人がどれだけいるのかという話ですね。すなわち政治家としての基礎体力がなくなっていて、政治が薄っぺらくなってきていると感じます。
例えば、ロシア・ウクライナ戦争を見ても、両方に言い分がある。小学生のころ、皆さんも先生に「喧嘩両成敗だ」って言われたでしょう。喧嘩は最初に手を出した方が悪い、その元を作った方が1番悪いと教えられました。これはウクライナ戦争にも当てはまります。やはりブダペスト覚書※やミンスクⅠ・Ⅱ※といった歴史的経緯を踏まえずに、今の国会議員は発言しているわけです。私はその点を踏まえているので、絶対ブレないのです。
——鈴木議員を政治に駆り立てた動機をお聞かせください。
私は中学1年生の作文で「将来政治家になる」と書いたのです。なぜそう書いたかと言えば、私の出身地の北海道足寄町大誉地は1961年まで電気がなかった。それまではランプを使っていて、道路も舗装されてないから砂ぼこりまみれだった。車が通った後は学生服が真っ白になるほどでした。そして、ちょうどそのころに東京オリンピックが決まって、1964年になるとNHKのラジオは「高速道路や新幹線の工事が順調に進んでいます」と言っていた。でも高速道路はピンとこないし、新幹線なんてもっとピンとこない。地元の足寄町はいまだ蒸気機関車が走っていたころですから。特に北海道は、開拓されてから当時でまだ100年だったので、東京との差が大きかったのです。じゃあ、東京と足寄町の差って何だろうと考えたときに、やはり政治だろうと考えたわけです。すなわち政治なくして、地方の発展はないと。地元の現状を変えたくて私は政治家を志したのです。
政治を必要としている場所に行く
——先ほど高速道路のお話をされていましたが、過去に石原伸晃さんの「北海道では(車が通るより)ヒグマが通る方が多い」という発言に対し、鈴木議員が激怒されたことがあったそうですね。
そうそう。「鈴木宗男の作った高速道路は、車が通るよりも熊が渡る方が多い」ってね。そこで私は言ったんです。「北海道をばかにするな!」と。北海道の高速道路っていうのは、人道道路。人と人の道、命の道路なんです。東京は近くにすぐ病院がある。でも北海道は違う。100キロ、150キロ離れている。心臓病、脳の病気、あと産婦人科。根室から釧路まで120キロあるけど、その間に産婦人科がない。釧路まで来ないと、根室の人はお産ができない。それは命に関わることです。だから道路は必要なんです。人口が少ないからとか、採算が合わないとか、生産性がないとか、そういう次元の話じゃない。命の価値は平等です。私は東京の命も、地方の命も、五分だと思っている。
そういう意味で、私は今回の選挙(2025年7月の参議院選挙)でも波照間島と与那国島に行った。波照間島は日本最南端の有人島、与那国島は最西端。波照間島は人口がおよそ460人しかいない。その島の人がこう言ったんです。「先生、票のないところに、なんで来るんですか?」って。私は言いました。「あなたの一票も、東京の一票も、五分なんだ」と。離島はね、ガソリン代も違う。東京は選挙の時だと、1リットル、177~8円ですよ。でも離島は輸送代がかかるから約220円。このガソリン価格の比較だけを見ても、政治を一番必要としているのはどこか、分かるでしょう。だから、私は票があるところに行くんじゃない。政治を必要としている場所に行く。私はそういう心構えで政治をやってるんです。
——政治家にとって大事なものは何だとお考えですか?
政治家っていうのはどれだけ高いポスト、役職についたかというよりも、何をやったかというのが大事なんです。たとえば私は平成3年、外務政務次官(現在の外務副大臣)の時、政府特使としてリトアニアと51年ぶりの外交関係を結びに行きました。リトアニアに行く前に私は杉原千畝※の名誉回復をしたわけですよ。当時 (平成3年)、外務省は杉原千畝の名誉回復に否定的だった。なぜなら杉原さんは当時の外務大臣に背いてユダヤ人にビザを発行した。それでクビになったと杉原さんは考えていたわけですから。だから私は「世界中が杉原千畝を人道的な外交官として評価しているのに、なぜ日本は評価しないんだ!」ということで、取り組んだわけですよ。大変だったけれども、押し切って名誉回復できました。今もそれは生きてるんです。世界のユダヤ人ネットワークは杉原さんによって助けられたという思いを持ってるから。
——杉原さんは早稲田大学の出身でもありますね。
そうそう、早稲田の高等師範部だね。今では杉原千畝という人道的な外交官がいました、と教科書に載るほどになっている。だから、やっぱり杉原千畝の名誉回復を行ったことは政治家鈴木宗男の誇りです。外務省が反対してもそれを押し切ってやり遂げた甲斐はあったね。
軍が走ると書いて「運」と読む
——先の参議院選挙において、一度引退宣言をされた後に当選確実の報道がありましたが、その際のお気持ちをお聞かせください。
先の参議院選挙は自民党の評判がとても悪かったです。通常全国比例区の場合、自民党から出ると何かしらの組織・団体が応援でついてくれるんですよ。医師会とか建設業界とか。でも私はそういったバックがついていなくて、鈴木宗男1人の闘いでした。でも私には自信があった。「25、26万票は取れるな」と。ところが、いざ全国を回ると、どこへ行っても有権者の方から「なんで自民党から出るんですか?」って聞かれた。「自民党は裏金問題のけじめがついてない!」と考える人が多かった。でも、私は自民党票が離れても無党派層などの浮動票を取れれば当選の可能性はあるなと思っていた。これが大きな誤算でしたね……。
開票が始まると想定より票が伸びない。当選確実が出ないから、朝の4時半まで後援者もマスコミもみんな徹夜で事務所に残ってるわけだ。そこでけじめをつけるためにやったのがあの記者会見。会見で私は残っている人達に向けて「今回の選挙はなかなかに厳しい、これ以上残ってもらっても残念な結果になるかもしれない」と言った。すると記者から「もう選挙には出ないんですか」と質問があって、私は「もう選挙には出ません」と答えた。この発言が引退宣言と捉えられて全国的に報道されてしまった。そしたら女房からしこたま怒られてね。「まだ結果が出ないうちに何を言っているんだ!」と。だけど、その2時間後に当選確実が出た。すると2時間前に涙を浮かべながら帰っていった支援者の人達が戻ってきた。その変化は劇的でね。一度落胆した分、当選したときの喜びは何倍にもなっていました。
——奇跡の当選の反響はありましたか?
当選の後、東京に行ったとき若い人から握手してくださいって頼まれた。「先生、私来年受験なんです。先生と握手したら合格できる気がします!」ってね (笑)。奇跡の人・鈴木宗男ということで有名になっていた。だから人生何が幸いするかわからんね。そういった意味では目に見えない力、天命のようなものが私に「まだ働け」と言っているような、加護があったと思っています。よく皆さん「運が良かったね」と簡単に言いますけれども、この運という字を今一度書いてみてください。軍(いくさ)が辶(はしる)と書いて「運」と読む。軍が走るということは、待っているだけでは運はやってこない。人一倍努力しなければ運はやってこないんです。私はその点、誰よりも政治家として働いているという自負がある。私は信念を持って、絶対に妥協しない。若い人達も、何があっても諦めない、きちんと自分の軸足を決めて、信念を持って頑張ってもらいたい。
目標に向かって努力を!
——今の大学生に向けてメッセージをお願いします!
明日の日本を担う若い学生さん方に、私は心からのお願いをします。今の学生、皆さんまとまりもよくとても優秀。ただ、覇気がない。私はこの道を歩むとか、私はこの仕事をしたいとか、目的目標を持たないでなんとなく勉強している。私にはそういう学生が多いように見受けられます。大学生になった以上、ぜひとも明確な目的目標を持ってその道に向かって努力していただきたいです。
中学校のころ、私は藤原正義先生という国語の担任の先生から「将来の夢」というテーマの作文課題を与えられて「将来、政治家になる!」と書きました。それから、私は23年後に35歳で衆議院議員になりました。その時、藤原先生が言ってくれた言葉は今でも覚えています。「いいか、宗男。夢はみんな持つ。しかし、その夢を実現できるのはなかなかいない。あるいはそういう幸運に恵まれているのもなかなかいない。だから夢を持ってそれを実現しただけでも、教師としてお前を褒めてやる」と言ってくれました。その言葉は今でも私の胸にしっかりと刻まれています。ぜひとも将来ある学生の皆さん方には、目的目標を持ち、しっかり前を見て邁進していただきたいと願っております。
——ありがとうございました。