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音楽と人をつなぐ仕事       ~音楽ライター・編集者 矢島由佳子~

音楽ライター 取材
音楽好きであれば、アーティストのインタビュー記事やライブレポートを目にする機会は多いだろう。しかし、それらを生み出す音楽ライターという職業についてはあまり知られていない。そこで本記事では、BE:FIRST、imase、Suchmosなどの数々のアーティストの記事を手掛け、「今もっともアーティストから指名を受けるライター」である矢島由佳子さんにお話を伺った。第一線で活躍する彼女が音楽ライターとなった経緯、そして仕事にかける思いやこだわりに迫る。

音楽と人をつなげる仕事がしたい


――音楽に興味を持たれたきっかけについて教えてください。

小さい頃から、親と一緒にTSUTAYAでCDをレンタルするのが習慣でした。9歳のときに、親の仕事の関係でアメリカに引っ越したんです。いきなり現地の学校に放り込まれて、みんなが何を言っているのか全然わからない中で授業を受けていました。家に帰ってテレビを付けても、言葉がわからないので音楽番組ばかり見ていて、そこでいろんな音楽を好きになったんです。12歳のときに日本へ帰ってきたんですけど、ちょうど中学生で思春期というのもあり、「私はいつ死んでも構わない」というような暗い気持ちで日々を過ごしていました。そんな中で、Mr.ChildrenやBUMP OF CHICKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATIONといった日本の音楽を心の支えとして聴くようになりました。


――音楽の仕事を志すようになったのはその頃ですか?

音楽には人の心を支えられる、人の命を救える力があるから、音楽と人をつなげる仕事をやろうと中学生の頃から思っていました。学生時代から音楽雑誌を読んで、「自分の好きなアーティストは、なぜこの人のことをここまで信頼して心の内を話しているのだろう」と、音楽ライターへ憧れを抱くようになりました。


――大学時代に学んでいたことについて教えてください。

同志社大学の社会学部メディア学科に入って、メディア学を勉強していました。3、4年生のときは広告やブランディングのゼミに所属していて、卒業論文は「ビートルズはなぜ売れたのか」というテーマで書きました。大学時代に学んだことは、自分にとって音楽業界で仕事をする上でのルーツになっています。絶対に音楽業界に入りたいという気持ちはずっとありました。


――フリーペーパーの作成やFM802※1にも携わっていたそうですね。

とにかく音楽業界への就職につながりそうで、関西でできることは全部やろうとしていました。「ガクシン」※2というフリーペーパーでは、アーティストのインタビューやライブレポート、京都のインディーズバンドを紹介するコーナーなどを担当していました。大学3年生の頃からは、大阪に本社がある「JUNGLE☆LIFE」※3という音楽系のフリーペーパーにも携わっていました。求人募集も何も出ていないのに、履歴書と自分が書いたものを送ってみたことがきっかけで、2年くらいバイトさせてもらっていましたね。FM802は「802wannabes」というインターン制度みたいなものが始まるときに応募して、大学卒業までやっていました。

※1 FM802…….大阪府を放送対象地域とするラジオ局。音楽番組が多い。
 ※2 ガクシン……京都の大学生が作る大学生向けフリーペーパー。主な内容は就職、スポーツ、 音楽、レジャーなど。
 ※3 JUNGLE☆LIFE……様々な音楽情報を取り扱う音楽フリーマガジン。全国のCDショップ、 ライブハウスなどの店頭配布がメイン。

 

「アーティストファースト」のマインド


──音楽ライターになる前に、一度芸能事務所に就職されていましたが、どのようなきっかけ
だったのですか?

学生時代の活動の中で、音楽業界のことに限らず社会を知らずに、アーティストにインタビューしたり文章を書いたりすることには限界があると感じたんです。音楽業界をちゃんとゼロから学びたい気持ちもあり、レコード会社や芸能事務所を受けていた中でワタナベエンターテインメントに受かり、入社しました。ワタナベで芸能界・音楽業界の成り立ちや裏側と、表に出る人たちがどういった悩みやプレッシャーなどを抱えているかを学べたことが、今のインタビューに活きていると思います。


──そこからどのような経緯で音楽ライターになられたのですか?

ワタナベで3年半ぐらい働きながら、音楽メディアのライターの仕事をやりたい気持ちが心のどこかにはずっとあったんですよね。自分の書いた文章ってすごく愛着が湧くし、ライターの夢は捨てきれないままでいて。ある時CINRA※4というウェブメディアの会社が求人募集を出しているのを見つけたんです。それで試しに応募してみたら、受かったので転職しました。CINRAには6年間いたのですが、千本ノックばりに記事を作っていました(笑)。そこでの経験が今のキャリアに至る一つのベースになっていると思います。

※4  CINRA……音楽、アート、映画などの芸術文化を扱うウェブメディア


──最近はご自身の会社を立ち上げて、幅広い活動を行っていますよね。

2020年に「これからは動画の時代だ」と思い、CINRAからTikTokの運営会社であるBytedanceへ転職しました。そのあと昨年、自分の会社(Hugen Inc.)を立ち上げようと決めたのは、自分がやりたいことのすべてを自分の思うようにできる会社は他になかったから。これまでの経験をすべて活かして、執筆・編集業、アーティストプロモーションやSNSコンテンツプロデュース、ライブ・イベント企画、アーティストエージェンシーの4つの事業をやっています。サラリーマンとして働いていると、当然会社・組織の利益を一番に考えなくてはならないですけど、自分で会社をやれば、自分が本気でいいと思っているアーティストの幸せのために「アーティストファースト」のマインドでビジネスのジャッジができるんですよね。編集者の能力って、届けたいものの届け方を考えて、必要な人材やモノ、お金を集めて、コンテンツを作る力だと私は思っているんです。その発想ならライブもできるし、雑誌もできるし、SNSやYouTubeの動画も作れる。みんなが「編集者ってなんでもできるんだ」って、夢を持ってくれたらいいなと思っています。

インタビュー=ライブ形式の「会話」


──矢島さんのインタビューでは曲に対する深い解釈が印象的ですが、取材の事前調査や質問事項はどのように準備されていますか?

そのアーティストの愛される要素はどこなのか、今の時代や社会、音楽業界に必要とされる要素はどこなのか。そういう目線で曲を聴いたり、ライブを観たりして、自分の中で仮説を立ててから取材に行きます。どんな言葉で書いたら、どんなことを喋ってもらったら、そのアーティストの今の魅力を世の中に伝えられるのかを常に考えていますね。もちろん、「世の中にどう伝えたら刺さるか」「読者は今何を知りたいのか」という目線も大事にしています。


──矢島さんの記事では、自然な会話をするような文章が印象的です。

インタビューの現場では、質疑応答ではなく、会話をすることをとても大事にしています。必ず質問や記事構成を考えてから現場に行くんですけど、会話してみて「あっ、これじゃ全然違うわ」っていうときは質問表を捨てるぐらいの勢いで質問を変えます。会話の中で、そのアーティストの魅力や、その人が今何を考えているかを探ることを大事にしています。


──媒体によって書き方を変えることはありますか?

まとめ方は結構変えています。同じ文章でも、媒体やデザインによって読み手の印象は変わると思うんです。たとえば『ROCKIN’ON JAPAN』はアーティストとの親密さを大事にしている媒体なので、それを文章で感じられるようにまとめています。どの媒体でも変わらず、アーティストと向き合ってインタビューするときは、真剣な話をしつつ、相手が話しやすくなるように笑いも交えてみたり、いい距離感を作れるようなバランスを考えていますね。

アーティストインタビュー中の様子 撮影:Koya Yaeshiro 左:大比良瑞希

リスナーとアーティストの接点を作る


──読者に気づきを与えることは意識されていますか?

みんなが曲を聴いたときに感じる、言語化していない「なんとなくいいな」かいっぱいあると思うんですよ。それを自分でも言葉として書くし、インタビューする相手の人にもいかに喋ってもらうかを考えています。


──アーティストにインタビューするとき、読者に見せたい側面は意識していますか? また、記事を作成する際のこだわりはありますか?

「アーティストがどういう人間であるか」ということを伝えたいです。曲に表出しているものを深掘りすることで、そのアーティストの生き方や今考えていることが見えてくると思っていて。別の世界で生きている存在みたいに思われがちなアーティストが、「みんなと同じ人間として今の時代を生きている」ということを伝えたいんです。そうすることでリスナーとアーティストの接点を作りたいと思っています。私自身が音楽系のインタビュー記事を読んで、生き方のヒントや世の中の見方をたくさん学んできたので、そういったものを読者に渡したいと思いながら記事を作っています。

アーティストの魅力を広げるためにやるべきこと


──今、力を入れていることはありますか?

SNSやショート動画で、楽曲やアーティストのことを深く伝えられる方法を探り続けています。最近SNSは楽曲を広めることにおいてとても影響力のあるツールになっていますけど、一つの投稿やミームがバズるだけじゃなくて、リスナーがアーティストや音楽を深く愛してくれるようなカルチャーを作りたいと思っているんです。SNSバズによって曲が広がっていくだけではなく、アーティスト自身の魅力や本質を深く知ってもらえるような架け橋を作りたいと考えています。


――今後はどのような活動をしたいと考えていますか?

ずっと音楽ライター・編集者という肩書きで自分の活動の幅を広げてきましたけど、今後もアーティストや音楽を広めるために自分ができることを増やしていきたいですね。メディアは時代によって移り変わるけど、アーティストの魅力を広げるためにやるべきことの根本は一緒だと思っていて。だからメディアの変化に合わせて、自分のスキルを使いながら、アーティストとリスナーをつなぐことを続けたいなと思います。

人生、行動あるのみ


――最後に、大学生に向けてメッセージをお願いします。特に最近は安定志向が強い大学生が増えています。また、好きなことを仕事にすると嫌な側面が見えてしまうのではないかと、迷う大学生も多いと思います。好きなことを仕事にしている矢島さんとしてはどう思われますか?

私は幸せですよ、めちゃくちゃ!  どの仕事でも嫌なことはあるだろうから……。夢中になれることを見つけた方がいいんじゃないかな。誰かより得意なことを見つけなさいってわけじゃなくて、「人は面倒くさがるかもしれないけど、自分は楽しくできちゃう」みたいなことを見つけられたら最強だと思います。


――たとえ4年間でわからなくても、仕事をやっていくうえで見つけることもできますよね。

社会人になったら、お金のことを考えずに何かをするってできないんですよ。なので学生のうちに、いろんなことに挑戦してやりたいことを探してみてほしいと思います。行動して諦めずに続けていれば、絶対にどうにかなるよと伝えたいです。いわゆる世の中の「成功者」って、特別な能力がある人というよりは、不安とか恐怖心がある中でも行動を起こし続けてきた人だと思うんです。


――インタビュー以外にも幅広く活動をされているのは、とにかく行動するということを意識されているからですよね。

そうですね。私は「1000人いれば、100人はあなたが思いついているアイデアを思いつく。その100人の中から行動に移すのは10人しかいない。その10人の中から最後までやり遂げる人は1人しかいない」という言葉を大事にしています。99人の人が「こんなすごいアイデア思いついた!」で止まっちゃっていると思うんです。そこから行動を起こしても途中でやめてしまう人が9人。自分でやり遂げたと思えるところまで突き詰められる1人であれ、と。その1人になればどんな仕事をしていても成功につながるんじゃないかな。

取材中の様子

 

プロフィール:矢島由佳子 「今もっともアーティストから指名を受けるライター」。音楽ライター・編集者として、ROCKIN’ONJAPAN、Rolling Stone Japanなど主要音楽・カルチャーメディアに携わる。第一線で活躍するアーティストや新進気鋭アーティストのオフィシャルライターを務め、SNS戦略、プロモーションも手掛ける。TBSラジオ「こねくと」(毎週月曜)、Podcast「APPLE VINEGAR」に出演中。夫婦のアカウント「家族のための男飯🐒もんきち」はSNS総フォロワー数70万超え。11月30日にはビルボード横浜にて、ライブイベント『Play Like Kids♡ with ひぐちけい、コレサワ、東京女子流、のん、ヒグチアイ』を開催する。