『夏の夜の夢』_撮影:鹿摩隆司
新国立劇場バレエ団 柴山紗帆さんインタビュー
踊る楽しさが原点に
――バレエを始めたきっかけを教えてください。
実は始めた当時のことをあまり覚えていないんです。体が硬いから、母親にバレエを習わせられたのだと最近まで思っていました。でも母親によると、私は踊るのが好きで、ディズニーに行ったらパレードに合わせて踊るような子供だったみたいで。ダンスの中でも、バレエは特にかわいい衣裳を着てメイクしてというイメージがあって惹かれたのか、自分からバレエをやりたいと言ったそうです。
一歩踏み出す、そのきっかけに
——初めてバレエを鑑賞する人に向けて、注目すると楽しめるポイントを教えていただきたいです。
やはり、一度劇場で生のバレエを観ていただきたいですね。もちろん動画でも楽しむのも違う魅力があるんですが、劇場の空気感もオーケストラの迫力も全然違うので、それを楽しんでいただきたいです。私の身内に「バレエは全然観たことないけど私が出るなら観に行ってみよう」と来てくださる方もいて。その方が「何がすごいか分からないけど、すごくよかった」と感想をくれたのが結構嬉しかったんです。もちろん細かく言えば、体のラインであったり、技術であったり、観るポイントはたくさんあります。そこはダンサーがお客様に舞台で伝えるべきものではあるのですが、まずはどこを見るかを決めずに、空気感とその場の迫力を肌で感じていただきたいなというのが一番です。観てくださったあとに「次もまた観たい!」と思ってくださったなら、今度は基本的なマイムなども意識して観ていただけると登場人物の感情や物語の状況がさらにわかりやすくなると思います。
――ダンサーとして、今後のバレエ界について考えていることがあれば教えてください。
最近は国際コンクールで入賞するダンサーや、海外で活躍するダンサーも沢山いらっしゃって、業界としては盛り上がってきていると思っています。一方で「バレエ人口が減っている」という話も聞きます。バレエは本来、踊るのも観るのも楽しいものなので、もっと多くの人にその魅力を届けたいですね。今後の課題は、特にバレエ鑑賞に対してハードルが高いと感じている方に、一歩踏み出すきっかけを届けることだと感じています。まずは気軽に劇場へ来ていただければ、きっとそのイメージが変わるはずです。
自分らしさが輝く瞬間を探して
――バレエの振り付けはある程度型が決まっていますが、皆さんそれぞれ違う踊りのように見えます。自分の踊りを見つける瞬間などがあるのでしょうか。
たとえば人に何かを言葉で伝える際も、たとえ同じ言葉を話したとしても、毎回同じニュアンスがそのまま伝わっているかというと、感じる事や思いはほんの少しずつでも変わっていくのではないかと思います。バレエは作品の中で決まっている振付を皆同じように踊りますが、それと同じことなのではないでしょうか。バレエでは言葉を踊りで伝えるため、振付の中で自分で言葉を考えて良い所や、自分に合った表現方法等を見つけていくことができます。同じ言葉でも、気持ちによって動きが全然変わってきます。それがきっとそれぞれの個性になり、自分の踊りになっていくのかなと考えています。最近は特に表現する時の言葉や気持ちを大事にしています。
新国立劇場広報 清水千奈美さんインタビュー
踊る側から支える側へ
――この仕事に就こうと思ったきっかけを教えてください。
もともとプロを目指していたこともあって「バレエ=踊るもの」という感覚しかなかったので、昔はバレエを支える職業に就こうとは思っていませんでした。でも、大学在学中に入ったバレエサークルでバレエの公演を作るという経験を通して「踊り以外でもバレエのために自分ができることってたくさんあるんだ」という気づきがあって。「劇場で働く」ことが一番したい仕事だなと思い、この劇場で働くことを決めました。
――バレエ業界のために広報の立場で取り組んでいることはありますか?
これは劇場として取り組んでいることなのですが、少子化の影響もありバレエの人口が減ってきているので、若い世代にバレエに触れてもらう機会を作ることです。例えば学生の団体さんに来ていただいたり、お子さんでも親しめるようなバレエ公演を上演したりしています。昨年や今年は企業の方と協働して、若い世代の方の招待プロジェクトなども行いました。
あとは、個人的には映像の配信もコンスタントに取り組んでいくべきだと思っています。生の魅力は劇場に来てもらわないと分からないんですけど、無料の映像ではハードルの高さが全然違うと思うので。それをきっかけに劇場に来ていただけたらと。バレエに興味を持ってくださる方が増えるように、間口をできるだけ広げていこうと取り組んでいます。
――広報の視点として、バレエを知らない方に向けて、どのような発信を意識されていますか?
バレエの専門的な媒体からの取材をアレンジするのが、まず大事な広報の仕事です。さらに、一般的な雑誌やバレエをご存じでない方にアプローチするのに、SNS運用も重要だと私の中で思っています。バレエやバレエダンサーって、やっぱり美しいじゃないですか。その美しさとSNSはとても親和性があると思うので、SNSのおすすめ機能などでバレエのことを知らない方の目に入ったときに、興味を持っていただけるように心がけたいですね。

言葉がいらない芸術だからこそ
――これからバレエを観る人へ向けて、初心者が最初に観るのにおすすめの作品はありますか?
私が最初におすすめするのは、『くるみ割り人形』です。上演時間が短くて、2時間くらいなので観やすいのではないでしょうか。クリスマスの時期に上演するものなので、単にバレエを楽しむだけじゃなくて、シーズンのイベントを楽しんだ気分も味わえます。あとは音楽の授業やテレビ、CMなどでくるみ割り人形の音楽に触れてきた方も多いと思うので、音楽にも馴染みがあるのかなとは思います。
──子どもたちに向けた公演では、どのような工夫をされていますか。
バレエは公演時間が2~3時間程度なのが一般的ですが、新国立劇場バレエ団の「こどものためのバレエ劇場」は1時間半以内に収まるようにつくられています。あとは、世界観に入っていただきやすいように、絵本で親しんでいるようなおとぎ話が題材になっていて。直近ですと人魚姫や浦島太郎をテーマとした作品が上演されました。
『エデュケーショナル・プログラム 白鳥の湖』はまさにお子さんの初めての観劇にふさわしい公演だと思います。俳優やダンサーが客席へ向かって、ストーリーの詳細やバレエの魅力を口に出して伝えるんです。バレエは言葉がない分、「マイム」という身振り手振りを使ってセリフを伝えるのですが、そのマイムが何を表現しているのかも説明します。その後、観客の方々にも実際にそのマイムをやって体感してもらうパートもあるんです。ただ観るだけではなく体験型でバレエや舞台に親しんでいただけます。この作品は前回上演した際に好評をいただいたので、来年の5月に再演する予定です。「バレエはこう観なきゃいけない」という考え方を取り払えるので、お子さんだけでなくバレエが初めての方も、気軽にバレエに触れるきっかけになれば良いなと思います。
――バレエを通して観客にどのような影響を与えられたら素敵だと思いますか?
私個人の考えですが、バレエは何かしら観客の心を動かすようなアートであってほしいと思います。例えばおとぎ話などのハッピーな作品を見るときには、非日常の世界にどっぷり浸かっていただき、リフレッシュして「明日も頑張ろう」という活力を得てもらえたら嬉しいです。ただ一方で、悲劇的なバレエとか、社会に対してなにか問いかけるような作品もあります。そういったものを観たときにポジティブだけでない感情を抱く方もいらっしゃるかもしれないんですが、心が揺さぶられること自体に価値があると考えています。作品を通して、社会への疑問視や課題意識にもつながるかもしれません。新国立劇場バレエ団の舞台が、観客の皆様が心を動かして、何かしらの気づきを得るようものであるといいなと思っています。
プロフィール
柴山紗帆さん
新国立劇場バレエ団プリンシパル※
2014年に新国立劇場バレエ団に入団し、23年プリンシパルに昇格。『くるみ割り人形』『白鳥の湖』など様々な演目を踊り、好評を博した。
※バレエ団におけるトップ階級のダンサー
バレエ豆知識!
マイムって何?
バレエにはセリフがありません。しかし、登場人物の気持ちや出来事は「マイム」と呼ばれる身振り手振りで伝えられます。
たとえば『白鳥の湖』の名シーン。
王子はオデット姫に向かって胸に手を当て、「愛しています」と伝えます。
さらに空を指差し、「神に誓って」とマイムで心からの愛を誓うのです。
他にも、死や拒絶など、マイムには物語を読み解くヒントがたくさん。
意味を知っていると、バレエ観劇が更に楽しめること間違いなし!
白鳥の湖
クラシックバレエの代名詞とも言うべき名作。魔法で白鳥に変えられたオデット姫と王子の悲しくも美しい恋の物語。幻想的な雰囲気と、一人二役である白鳥と黒鳥の対比が見どころ。
夏の夜の夢
シェイクスピアの恋愛喜劇。新国立劇場バレエ団が上演しているのは、英国バレエの巨匠アシュトンがバレエ化したバージョン。妖精たちのいたずらで恋がこじれて大騒動を巻き起こす! 夢のような世界観、チャーミングな踊りが魅力の作品です。
くるみ割り人形
クリスマスにぴったりのバレエ名作。少女クララが、迷い込んだ不思議な世界でくるみ割り人形と冒険します。お菓子の国の華やかさや、花のワルツなどのおなじみの音楽に乙女心くすぐられること間違いなし。