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つば九郎と共に歩んだ広報時代と自分で切り拓いた今 〜元ヤクルト球団広報インタビュー〜(後編)

前編では加藤さんのヤクルト球団広報当時のお話を伺ったが、後編では加藤さんが現在取り組まれているスポーツマーケティングについて詳しくお聞きした。

前編の記事はこちら⬇️

https://waseda-massken.com/tsubakuro/

スポーツマーケティングについて

──ご自身の会社を設立された経緯を教えてください。

ヤクルトで広報をやっていた縁で、2014年からNPBに出向になったんです。そこは当時の侍ジャパンの事業部だったんですけど、その前の年の2013年に第3回WBCがあったんです。ただWBCって主催がメジャーリーグなので、たとえばそこにスポンサーがついたときに、メジャーリーグの方にお金が流れているんじゃないかという声が選手会の方から2013年にあがったんです。それで結局WBCには出場したのですが、その議論の過程で侍ジャパンっていう日本の代表を事業化しようという話になって、事業部がNPBの中にできたんです。新しく作って職員がいないので各球団、何球団から人を出向させるっていう時に、声をかけてもらえたんです。この4年間っていうのはWBCの4年間で、1からいろんなことを作っていく面白さがあったんですね。高校野球とか大学野球とはまた別の組織なんですけど、日本代表では1本化しなきゃいけなくて、アマチュアの人たちとも話をする機会があって、すごくいい経験ができましたね。その後2017年WBCが終わって、次の4年間をどうするかということで、引き続きやるか、ヤクルトに戻るか、辞めるかという選択肢があったんですけど、すごく濃密な4年間を過ごさせてもらったので、もう一回焼き直しをするよりも別の道に進む方がいいんじゃないかと思ったんです。それで、とりあえず辞めて会社を作ることにしました。自分がどれだけやれるか試そう、駄目だったらその時考えればいいかというノリでやったのが最初です。 

 

──会社の事業内容はどのようなものですか。

いくつかあるんですけど、ヤクルトとか侍ジャパンでやっていたような広報とか、プロモーション集客を他のチームやリーグでお手伝いするような形でやっています。最初に声をかけてもらったのが、サッカーの湘南ベルマーレで、その次が3年前にできた女子ソフトボールのJDリーグ、今は女子バスケで三井住友銀行が女子バスケチームを作って参入するっていうのがあって、そこの事業の作り方みたいなお手伝いをしています。自分が野球のヤクルトとか侍ジャパンでやれたことが、他でもやれるかどうかっていうのは、自分の中で大きくて、信頼関係を1から作らなければいけない人たちと仕事をして良いパフォーマンスができるのかは、自分の中で大事なポイントにしているところです。 あとは学生チームやプロチームのグッズを販売しています。色々な組織が多種多様な課題を持っているので、1つの組織の属すのではなくて自分で1個会社って箱を作ると、色々なところにアプローチできるじゃないですか。そういう感じで課題の解決をしていきながら、それが売り上げにつながっていけばいいなと思っています。

 

2020東京オリンピックでは、横浜スタジアムで開催された野球・ソフトボール競技に関する記者会見場・ミックスゾーン・記者席のマネジメントを受託した。後列の右から2番目が加藤さん。(写真は本人提供)

 

──1から会社を立ち上げると組織にいるときとはアプローチが違ってくると思いますが、業績などが軌道に乗ってきたと感じたのは何年目くらいからですか。

始めた頃は結構必死でしたね。 初年度は本当に給料なしでやったんです。 売り上げがないので当然なんですけど、最初の月の売り上げは確か2万円ぐらいしかなくて。

湘南ベルマーレからお仕事をもらったのが会社を立ち上げて半年後ぐらいの2019年でした。そうすると、とりあえずは少しベースのある売り上げが立ってくるんです。あとはその時にプロ野球のOB選手を使ったイベントみたいなものが結構仕事になりつつあったので、2019年にそれが定期的に打てるようになりました。それで、湘南の仕事もあって大変そうだなと思ったので、初めて社員を1人雇いました。その時は少し軌道に乗ったかなと思ったんですけど、翌年はコロナでイベントが一切打てなくなり、そこでまたゼロに戻りました。でも湘南のお仕事があったので、なんとか会社が潰れずに済みました。これを機に何ができるか色々模索して、グッズの販売を始めたんです。最初はプロ野球のOB選手とかからスタートして、気づいたらJリーグを目指していて、これから規模を大きくしようとしているクラブとか、社会人野球とかも手掛けるようになりました。 あと、学生スポーツとかも売れるようになってきて、そこでまたちょっと成長し始めたかなってところではあります。もちろん一寸先は闇なので、コロナみたいに来年どうなるかはわからないんですけど、少しずつなんとかなったかなと感じたのは、やはりコロナ禍を乗り越えた時ぐらいですかね。 2023年くらいに、なんとかやれるようになっていきました。

 

──スポーツをプロモーションしていく上で、重要なことって何でしょうか。

結局スポーツも含めてなんですけど、エンターテインメントはやはり楽しませるのがすごく大事だと思います。お客さんを驚かせたり感心させたり、そこが大事なポイントだと思うので、面白いことをやるとやはり全体的に盛り上がるんですよね。どんどん面白いことや楽しいことを先に進めていかなければいけないという意味ではすごく大変かもしれないんですけど、やはりエンターテインメントは他の、たとえば東急の広報では絶対ないようなところだったりするので、そこはすごく大事な部分かなと思います。 

 

──スポーツマーケティングで、組織に所属していた時と独立して活動を始めた時で感じた一番の違いは何ですか。

大変さで言うと、毎月給料を自分で稼いでパフォーマンスするのと、もらう給料が安定している中でパフォーマンスするのではやはり違いを感じましたね。家で飼われてる猫と、野良猫ぐらいの違いがあると思います。ただ最初は手探りでしたが、独立して仕事をやっていくうちに自分たちの武器はなんだろう、という点に落ち着いたんです。会社として「こういうことをやりたい」という思いはあるんですけど、結局は相手に求めてもらうことが前提になります。それで、僕も最初にやりたいことを考えてはいたんですけど、結局求められたのはヤクルトとか侍ジャパンで培ってきた広報やプロモーション、事業を作る能力でした。自分の武器が何なのかはっきりするのも、独立の良いところだと思います。

 

──これからのスポーツマーケティングの展望についてどのように考えていますか。

野球で言うと、野球観戦がこんなに盛り上がっているのに、高校球児を筆頭に競技者がどんどん減っているという実情が少し不安なところではあります。ただ僕がいた当時と比べて、今はヤクルトを含め12球団全部にたくさんのお客さんが入っています。事業的に言うと、会員組織を作って、年に一回試合観戦に行く人とか、もっと頻繁に行く人のそれぞれに対して異なるアプローチをして、来場の全体の輪を大きくしていくのがこの10年で確立した手法なんです。あとは僕らが若い頃よりも、今の人たちって時間があるなという気がしますね。僕が最初就職した時だと、結構遅くまで残業させられたり、上司がいるから帰れなかったりとか、そういうことが普通で、なかなか余暇で野球を見に行くこともできなかったんですよ。今は職場みんなでスポーツ観戦行こうか、みたいなこともあるし、会社の飲み会があっても用事があるので行きませんとかが全然通用するし、自由な時間ができているのは確かで、これからも自由な時間が増えていくと思うんです。AIとかが出てきている中であっても、やはりリアルなスポーツ観戦やコンサートの価値は高まるだろうなと思います。 

 

──ありがとうございました。

 

加藤さんの株式会社Sports Marketing Asia PacificのHP⬇️

https://s-map.jp/