翻訳を意識したきっかけは「ミッフィー」
——翻訳家を目指したきっかけを教えてください。
もともと小さい頃から英語圏のものが好きで、気づけば翻訳された本をよく読んでいました。ただ、当時はそれが翻訳されたものだとはあまり意識していなかったんです。初めて翻訳というものを意識したのは、中学生の頃でした。きっかけは「ミッフィー」です。日本では「ミッフィー」と「うさこちゃん」という2つの名前がありますよね。原作はオランダのディック・ブルーナさんが書いたもので、オランダ語では「ナインチェ」という名前です。それを英語圏では「ミッフィー」と呼び、日本ではオランダ語の意味を生かして「うさこちゃん」と訳したと知りました。「同じキャラクターなのに、どうして名前が違うんだろう」と疑問に思って調べたことで、翻訳というものがあることに初めて気づいたんです。
その後、大学生のときに原書と日本語訳を読み比べる機会がありました。その本はかなり前に翻訳された作品で、日本語の表現も古かったんですね。最初は自分の理解力が足りないから読みにくいのだと思っていたのですが、言葉が古いから読みにくいのだと気づきました。そのときに「自分だったら、こういうふうに訳すのにな」と思ったんです。それから翻訳家という仕事を意識するようになりました。とはいえ、大学卒業後は翻訳とは関係のない会社に就職して働いていました。仕事が楽しくて、翻訳家になりたかったことも忘れかけていたくらいです。でも、本を読むことはずっと続けていました。そんなある日、突然「そうだ、私、これをやりたかったんだ」と思い出したんです。それで会社を辞めて、本格的に翻訳家を目指すことにしました。
——翻訳家になるために、どのような勉強や経験を積みましたか。
会社を辞めると決めてから、まず1年間、働きながら翻訳の通信教育を受けました。それまで翻訳そのものを勉強したことがなかったので、基礎から学び始めたんです。会社を辞めた後は、通学する形の翻訳講座にも通いました。ただ、翻訳家になる上で大きかったのは、やっぱりそれまでにたくさんの文章を読んできたことだと思います。子どもの頃から本が好きでしたし、本だけでなく、雑誌や漫画もよく読んできました。とにかく文字そのものが好きなんです。
今でも、道を歩いていて張り紙があるとつい読んでしまいますし、ライブ映像を見ていて画面に歌詞が出てくると、歌っている人の顔ではなく歌詞ばかり見てしまうことがあります(笑)。自分でも「活字中毒なのかな」と思うくらいです。だから、翻訳の勉強自体をつらいと思ったことはあまりありませんでした。もちろん、実際に仕事をしていると、どう訳すか悩むことはたくさんあります。でも、その悩むこと自体を苦しいとは感じないんです。翻訳の仕事で一番つらいのは、締め切りですね。締め切りさえなければ、ずっと楽しくやっていられると思います。
出版までの長い道のり
——翻訳本を出版する過程をお聞かせください。
自分で原書を読んで出版社に持っていく場合と、出版社からこの原書どうですかって依頼が来る場合があるんです。その原書が出版されている場合もあれば、出版される前の原稿のときもあるんですけれども、とにかく原文を最初から最後まで読みます。翻訳本を出版することが既に決まっていることはまれで、出版するかどうか未定の場合は原書を読んで企画書を作成し、出版社に出して翻訳本を出版するかどうかの判断をしてもらうんですね。
出版することが決まったら、まず原書を訳します。私はあんまり途中で止まらずに、最後まで一気に訳してから何度も推敲を重ねます。いくらでもブラッシュアップしたいので、これでいいってことは絶対ないんですよね。締め切りがなければ一生やっちゃうと思います(笑)。締め切りギリギリまで読んでは直し、読んでは直しを続けて、原稿を出す。そして、編集者の方が原稿に目を通して、いろいろ質問事項とかが戻ってきて……というやり取りを2、3回やって出版って感じですね。
——翻訳をしていくなかで原作者の方とお話しされることはありますか。
版権を扱うエージェントがいるので、そこの方に頼んで原作者の方と連絡を取ってもらって、質問することはあります。長いシリーズだと、1巻目のときに質問したら原作者の方が直接連絡してくださることもあるんです。一応仕事上のことなのでエージェントを通してやりとりすることが多いんですけれども、原作者の方から直接お返事をいただけたら、直接質問できるときもありますね。
——翻訳アプリやAIなどの自動翻訳の技術が発達してきていますが、今までと翻訳の仕方で変わったところはありますか。
質問ができるので助かりますね。ただ、英文の解釈でわからない部分があったときに、その一文の意味だけ聞いたところで前後の文脈を理解していないとわからないじゃないですか。質問の仕方が難しいんですけど、「こういう流れでこの文章が出てくるんだけれども、この He はこの人を指してるってことで合ってますか?」とか、そういう聞き方をするしかないですね。その回答が正しいかはわからないですけど、自分の解釈が合ってるかなっていうのを確認できるのは助かりますね。

読みやすい訳にするために
——今まで翻訳されてきたなかで、日本語に訳すのが難しい英語の表現はありますか。
難しい表現はいっぱいあります。『相続ゲーム』もすごく難しかった。そもそも文化が違うので、登場人物たちがめっちゃウケてても、これ日本人笑えないなと思うことはありますね。だから、ちょっとジョークを変えてみるときもあります。言葉遊びとかも英語そのままっていうわけにはいかないので、日本語のシャレに変えるために夜中に一人でブツブツ考えてたりしますね。これおもしろいとか言って(笑)。
——英語の「I」を日本語に訳す際に一人称はどのように選んでいますか。
最初読んだときに、一人称はある程度決めちゃいます。決める、というか、自然に出てくる。今のところ、女の子はほとんど「わたし」か「あたし」の2択ですね。最近は、一人称が「うち」の女の子も多いですが、「うち」だと文字に起こしたとき「我が家」の意味にも見えちゃう。こんなふうに吹き替えだったら使えるけど文だと使えない言葉っていろいろあります。「ボクっ娘」とかもそうですね。やっぱり「僕」を一人称にしてしまうと、男の子のセリフに見えてしまうので使うのが難しい。
男性は「俺」か「僕」、ちょっとおじさんだと「私」、おじいちゃんだと「わし」もありかな。自分のことを「わし」っていうおじいちゃん、今なかなか存在してないですけど(笑)。ファンタジーっぽくキャラを作りたかったら「わし」もありかな、と。一人称があんまり被っちゃうと読みづらいので、振り分けるようにしています。たとえば『相続ゲーム』に出てくるイケメン4兄弟も、本当は全員「俺」でもいいんですけど、そうしちゃうとキャラが被る感じがするので、強いて「僕」を使ってみたりとか。読みやすさを考えて工夫をしています。
——他にも英語のセリフを日本語に訳す際に意識している点はありますか。
「誰々が言った」っていうのをあんまり入れたくないんですよ。英語って一人称も語尾も一緒で、誰のセリフかがわからなくなっちゃうから、セリフの間にいちいち「誰々が言った」つまり「he said」「she said」が入るんですね。でもそれを全部日本語に訳してしまうと、うるさくなっちゃうし文章がさらに長くなるので、「誰々が言った」とかいらない言葉はできる限り削るようにしています。
そうなると、セリフでキャラがわかるようにする必要があるんです。たとえば今「〜かしら」「〜だわ」っていう語尾の女の子はほとんど実在していないけど、読みものの中のお嬢様キャラにはそれらを言わせてみたり。映画の吹き替えだったら不自然かもしれないですけど、やっぱり読みものにおいては女の子っぽい言葉遣いを多少は入れざるを得ないんですよね。今みんなが喋ってるような言葉をそのままセリフにしちゃうと、全部男の子みたいに見えちゃって、誰のセリフかわかりづらくなっちゃう。ただ、あんまり昔の翻訳のように「〜かしら」「〜だわ」などを入れずに、減らしています。
——原作の舞台と現代日本とでは舞台が大きく異なっていると思います。表現の仕方を日本の読者に合わせて調整することはありますか。
そうですね。現代はまだしも、古い時代を舞台にした昔の作品を訳すときは、時代設定を考えて訳さざるを得なくなりますね。
『若草物語』ってご存知ですか? 数年前に『若草物語』の新訳を出すということで、私が訳を担当したんです(※)。既に訳がたくさんあるものを新訳にするからには、ぜひ新しい言葉で訳してほしいということで。私もやるからにはやっぱり読みやすい言葉で訳したいという気持ちがあったので、時代や価値観、会話の内容の古さを理解しつつも、現代語で訳しました。
しかし、そうやって訳したうちの一文が宣伝に使われたら、それを出版前に見た一部の『若草物語』ファンの方々の間で「こんなの『若草物語』じゃない」という声が出たんです。具体的には、次女のジョーのセリフで、以前の訳では「お父さんは、いま、いらっしゃらないじゃないの」みたいにしていたところを、「お父さんはいま、いないじゃん」みたいな感じにしたんですね。そしたら、ジョーの語尾が「じゃん」だなんておかしい、みたいなことを言う方がいた。
そもそも英語を日本語に訳しているので、原作の話し方をそのまま日本語で再現するのは難しいんですよね。「戦時中にこんな言葉は使ってない」と言われることもあるんですけど、それでいえば、大河ドラマの登場人物は現代語を喋りますよね。平安時代の話だからといって平安の言葉で喋っていたら、誰も見ることができなくなる。それと同じことだなと思っているので、現代語で訳すようにしています。
(※)2022年に刊行された「小学館世界J文学館『若草物語』」の訳を担当した。『若草物語』は南北戦争時代のアメリカを舞台に、マーチ家の4姉妹の成長と絆を描いた物語。

『相続ゲーム』シリーズ翻訳の裏側
——『相続ゲーム』シリーズにはたくさんの登場人物が出てきますが、一人ひとりを書き分けるために工夫されたことはありますか。
主人公がすごく頭のいい女の子なんですよ。この作品に限らず、私は翻訳するときに主人公になりきるんですね。だから、自分にない言葉は出てこない。自分が喋ってる感じですね。私の友達とかが読むと、私の喋ってるセリフみたいだって言われます(笑)。どうしてもそうなっちゃうんですよ。この作品にはすごくたくさんのキャラが出てくるので、一人ひとりを具体的な人物に当てはめてキャラ作りをしました。
——それは実際に活動されている俳優さんなどですか。
そうです。自分の好きなアイドルとか。私が主人公なので、その方が幸せじゃないですか(笑)。イケメン4兄弟が出てくるんですよ。この4人も具体的に想像してキャラを当てはめました。
——他にも翻訳をする際に工夫されたことはありますか。
この作品に限らず、翻訳してる最中に前に訳した本のフィードバックが返ってきたりするんですよね。だから、同時に複数作品のことを考えなきゃいけない。1日の中で切り替えが必要なときがあるので、作品の世界が混ざらないように、自分の中で作品のテーマ音楽を決めてます。その本を読んでるときにたまたま聴いてた音楽がそのままテーマ音楽になるときもありますし、その作品の世界観でなんとなくこれがいいなみたいなので合わせたりもします。その音楽を流しているとすっとその作品の世界に入れるので、音楽を流してまず作品の世界をつくる。そして登場人物の具体的な設定が自分の中でできていると、キャラがブレないんです。
——『相続ゲーム』ではどのような音楽を聴いていましたか。
テイラー・スウィフトを聴いてました。新しいアルバムが割とフォークロア調でおとなしいので、昔の曲とか、もうちょっと元気な曲とかも流したりしてました。

翻訳は究極の読む手段
——創作ではなくて翻訳の道を選ばれたということで、翻訳にしかない魅力や創作との違いなどをお聞かせください。
よく「本が好きなのに、なんで作家目指さなかったんですか?」とか「書いてみればいいじゃないですか」とか言われたりするんですけれども、私は本を書きたいんじゃなくて読みたいんですね。本が読みたいから、読む。そうすると、自然と日本語に訳したくなるんです。私は留学とかもしたことがないので、多分英語を英語のまま解釈してるわけではなくて、英語を読んだら自然と日本語に訳しているんですよね。だから、それを表したいっていう欲求です。翻訳って、究極の読む手段みたいな感じですね。
——数多くのYA作品を翻訳されていますが、どのような部分に魅力を感じていますか。
とにかく楽しいっていうのが一番ですね。YA作品で暗い話も翻訳してるんですけど、暗くても最後に救いがあるものしかやりたくないんですよ。暗いまま終わっちゃう作品も翻訳したことがあるんですけれども、やっぱり最後には救いが欲しいですね。現実世界や大人の本には救いがないことも多いじゃないですか。だけど、YA作品には救いや希望がある話が多いんです。とにかく訳していて楽しいですね。
——翻訳家になるためには、どのような能力が必要だと思いますか。
まず、翻訳には締め切りがありますけど、通訳とは違って時間をかけられますよね。いくらでも調べられるし、いくらでも考えられます。大学で学んでいるレベルであれば、英語は一応できてると思うんですよ。単語だっていくらでも調べればいいじゃないですか。調べることを厭わなければ、英語力は正確に文意がとれるレベルで大丈夫なんです。
でも、日本語力はどうしても自分の中からしか出てこないじゃないですか。調べてどうにかなるものじゃない。辞書を引けば単語の日本語訳っていくつか載ってますけど、翻訳は単語と単語が合わさってのことなので、辞書の訳をそのまま使うことはできないですよね。だから語彙力や表現力を磨くために、読むことやおしゃべりすることがやっぱり大事だと思います。人が喋っているのを聞いたり、本を読んだりしながら、言葉の表現力を増やしていく。取り入れようと思ってすぐにできることじゃなくて、本当に細かい積み重ねなのかなと思います。きっと意識してるかどうかですね。
『相続ゲーム』特設サイト:https://hinode-publishing.jp/info/inheritancegames-sp