プロフィール:1978 年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2014 年『天盆』で第 10 回 C★NOVELS 大賞特別賞を受賞し、作家デビュー。2017 年には『青の数学』が『おすすめ文庫王国』オリジナル文庫大賞にて 1 位を獲得した。著書には『マレ・サカチのたったひとつの贈物』『ノマディアが残された』『バイ・タイム─整時士佐藤スバルの哀切─』などがある。

王城夕紀さんの本棚。多くの本に囲まれて執筆を行っている。
演劇漬けの早大生時代
──早稲田大学在学時はどんな学生でしたか。
私は第一文学部に所属していたんですけれども、割と演劇漬けの学生時代でした。“劇団こだま”というサークルに入っていまして、今どうなっているのかはわかりませんが、大隈講堂の裏にある24時間使えるアトリエに入り浸っていましたね。私の同期は十数人いたんですが、おそらく4年ストレートで卒業したのは半分くらいです。私は真面目だったので、3年生になって文芸専修というところに進み、英語の教員免許を一応取得し、ちゃんと4年で卒業しました(笑)。
──学生演劇との出会いはどのようなものだったのでしょうか。
私はそもそも映画が好きで映画研究会に入ろうと思っていたんです。それで新歓期間に映画研究会の部室に行ったんですが、少し雰囲気が合わず……。似たようなサークルで教員免許の取得と両立できるところを探していたときに「こだまのアトリエは24時間使える」という話を耳にして、覗きに行ったらそのまま居ついてしまったというのが経緯です。こだまで何をしていたかというと、役者や音響、宣伝美術など、さまざまな役割を担当しながら年に2、3回公演に参加していました。アトリエの裏で立て看板を描いて南門に掲出したり、大隈講堂の前でジャージを着て発声練習したり……。なんだろう、就職活動に全く関係のない活動に棒を振っていたっていう感じですね(笑)
──早稲田大学在学時の経験で、小説の執筆に役立ったことはありますか。
もちろんあると思いますが、具体的に何かあったかと聞かれると難しいですね。学生時代に限らず、人生全般で感じてきたことや経験したことを、小説の端々のディテール描写に使って書いているので、そういう意味で間違いなく役立ったことはあると思います。ただ学生時代の4年間っていうことで言うと、たとえばまだ実現はしていないんですけれども、演劇をテーマにした小説の企画を編集者に提出したこともあります。そういう意味では、大学生のときに芝居を見に行くようになったり、本をいっぱい読んだり、映画をいろいろ見たり、そういうインプットをしていたことは今に生きているんだろうなって思いました。
──学生時代に触れた作品の中で特に印象に残っているものはありますか。
今でも海外文学が好きなんですが、読むようになったのは早大生時代からかもしれないですね。何もなくて暇なときは、早稲田や神田の古本街を1 日中歩いて過ごしたりとか。本屋によく行っていました。あとは学生演劇を始めてから、芝居を見るようになりました。むしろ卒業して就職してからのほうが演劇はすごくよく見るようにはなったんですが、でもあのときに見た演劇の自由な感じとかは、すごく自分の中に残っている気はします。
成果を求めて書き続ける
──大学を卒業して就職してから、 なぜ小説を書こうと思われたのですか。
小学生のころから友達と毎週漫画の回し読みをしたり、ドラマや映画をたくさん見たりと、そういうソフトコンテンツは子供のころから好きでした。第一文学部の文芸専修に行くような人間でしたし、「何か書きたいな、何か作りたいな」という思いは昔からあって、それを「やってみよう」となったのがちょうどそのタイミングだったんだと思います。
──演劇や漫画など他の表現方法もある中で、小説を選んだ理由は何だったのでしょうか。
1人でできるからです。
──それは社会人になって生活が変わったことも関係しているのでしょうか。
そうですね。勤め人の仕事というのは1人でやるものではなく、色々な人と一緒にやるような仕事になるので、どうせ自分がやりたくてやるんだったら、1人でできるもののほうがいいかなと。逆に、勤めていて何かやるとすると小説ぐらいしか手段がないので、選択肢として必然的にそうなっちゃうよねっていうところもあったかな。漫画が描ければ良かったんですけど、絵がそんなに得意なほうではなかったし、一枚描くのにものすごく工程が必要になるじゃないですか。その根性もちょっとなくて。小説だともうパソコンでペタペタ打っていけば書けてしまうので。
──『天盆』が受賞するまでに賞への応募を3年ぐらい続けていたと伺ったのですが、それでも公募への挑戦をやめなかったのは、社会人を辞めて小説家になりたいという思いが強くあったからなのでしょうか。
ああ、なくはなかったと思います。ただご存知だとは思いますが、やっぱり今出版全体がかなり斜陽の厳しい産業になってきつつある状況がありますし、その中でも小説というジャンルはもっと厳しさの度合いが強いっていうところはあるので。「小説家になって仕事を辞めてやるんだ」という不退転の強い決意というほどではありませんでしたが、そうなったらいいなという気持ちがその当時はなくはなかったと思います。ただ、書き続けていたのは、そういう気持ちよりも、なんだろうな……。一作書き終えるごとに毎回、自分の中で「もう少し上手く書けるんじゃないか」という感覚があったんですよね。だからこそ、賞に引っかかる、要は他人が読んでも良いよねと思われるぐらいのところまで書けるようになれたらいいな、という「成果を出したい」という気持ちのほうが強かったような気がします。

プロット無しで動き出す物語
──小説を書く際に読者の存在は意識されていますか。
ひとそれぞれだとは思うんですけれども、私の場合は特定の読者を想像するということはしていません。基本的には自分が面白いと思うことを一番大事にしなきゃいけないだろうなと。ただ難しいのは、自分が面白いと思うものっていう判断基準の中に、読者はちょっと入っているんですよね。これを書き上げたら、自分だけではなくて、こういう人たちに楽しんでもらえるものにはなるんじゃないかなっていう。
──たとえば『天盆』は少年ジャンプ×家族だとお見かけしました。
そうですね。『週刊少年ジャンプ』のバトルものを小説でやったら面白いのではという発想が『天盆』の企画の骨子でもあったので。『週刊少年ジャンプ』を好きな心を持つ自分が面白いと思うものを書いているなら、『週刊少年ジャンプ』が好きな人たちには喜んでもらえるものになっていくんじゃないか、みたいな。そんな感じです。
──『天盆』は印象的なラストを迎えますが、小説を書く際は結末までしっかりプロットを考えているのでしょうか。
いいえ。全くしないので、この前も編集者さんに怒られましたね。小説家さんの中では二分されているとは思うんです。登場人物の履歴書まで書く人と、行き当たりばったりで書き進める人と。二タイプは確実にいて、比率はわからないですけど、私は確実に行き当たりばったりなほうに属しています。
──プロットを考えずに書き始めて、自分でも思っていなかった方向に物語が動いてしまうことはありませんか。
細部ではありますが、全体ではそんなにないかもしれないです。プロットは書かないんですけど、「これから書く小説はこういう感じのものにしたい」という漠然としたイメージはあるんですね。『天盆』でいうと少年ジャンプ×盤戯だったり。次のシーンはどういうシーンにするかなって考えながらどんどん書いていくので、いつも「あ、こういうシーンになるんだ」って自分でも思うんですが、それが連なって出来上がった全体は、割と最初のイメージからそんなに離れていないものになっていることが多い。というか、おそらくそうするようにしているっていうこともあると思うんですけど。
小説であることに意味がある
──執筆の際に映像的なイメージを想像されることはありますか。
ありますね。どちらかというと、シーンを想像して、その映像を言葉に変換する感じの書き方に近い気はします。
──ご自身でも映像化への希望はあるんでしょうか。
映像化されると本が売れるので、そういう意味で映像化してほしいという希望は24時間365日あると思います(笑)。私の作品でもありますけれども、出版社の商品という側面もあるので、編集者さんの顔も考えると映像化への希望はもちろんあります。一方で、小説家である以上、小説で一番面白い話を書いたほうが良いだろうなという気持ちもあるんですよね。
──小説であることの意味ということでしょうか。
そうですね。たとえば『天盆』が映像化っていうお話はすごく嬉しい一方で、小説では盤面を書かなくていいからこそ成立している部分も実はあるんです。本当に映像化するとして、架空の盤戯・盤面を書かなきゃいけないというのはものすごく大変で難しいと思うんですよね。『青の数学』も、あれは心理描写がものすごくウエイトの大きなところを占めているんです。アニメになって欲しいとすごく思う一方で、小説であることに意味があるという形になっている。映像にする側からすると取り上げにくいものばっかり書いちゃっているのかな、編集者さんに申し訳ないな、という後ろめたさはありますが、小説を書いている身としてはそういうものを書くほうが面白いんですよね。
『青の数学』誕生の経緯

──数学をテーマにした小説を書こうと思ったきっかけは何ですか。
『天盆』みたいに少年漫画のバトルのような熱い小説を書いて欲しいという編集者さんからのオーダーをうけて、企画を5、6個出したんです。たとえばベタな甲子園の話、自転車レースやボルダリングの話とか。その中に数学もあったんですね。常々数学という学問が面白いなって思っていたので入れてみたんですが、そうしたら編集者さんが「これがいいです」と。困ったなと思いつつも、数学に関する本をいっぱい買って、書き始めました。もともと興味があったので、日ごろ数学に関する本を読んではいたんですが、受動的に読んで「ああ面白かった」って終わるのと、いざ自分で書かなきゃならないというのは、やっぱり全然違うんですね。書くことになってからは、おそらく読んでいない本も含めて100冊以上は買ったと思います。
──昔からずっと数学は好きでしたか。
高校生のときは理系を選択していましたし、算数や数学は苦手ではなかったです。むしろ暗記の多い歴史とかのほうがよほど苦手でしたね。早稲田大学の文学部で科学の歴史に関する授業を取っていたんですが、思えば大学のころから本格的に興味を持つようになったのかもしれないです。数学や物理の入門書を読み始めたのもそのころでした。
キャラクターとの向き合い方
──『青の数学』にはキャラクターがたくさん出てきますが、どのように描き分けていますか。
ここでこういうキャラがいたら話が転がるな、っていう感じで書き進めているので、書き始めるときに何人登場人物が出てくる話なのか、私自身も知らないんですよね。一回出してしまってから、キャラクターが形作られていく感じなんですね。そういう意味では、最初に出すときにはある程度覚悟を決めて、こういうキャラクターだという風に決めているところはおそらくあると思います。編集者さんには「人を出しすぎだよね」ってよく言われますが、私には物語に必要な人間だけが出てくる小説は不自然だなっていう思いがあるんです。小説で書かれることの外にも、世界や日常は当然あって、人は当然いるんだよっていうほうが自然だなと。一か所にしか出てこない人物なら出さなくていいじゃんというのが小説のセオリーなんでしょうけど、なんかどうしても出してしまう。その癖が一番爆発しているのが『青の数学』だと思います。
──小説を執筆される中で、キャラクターへの思い入れは生まれるのでしょうか。
そういう意味では、一度出したキャラクターに見せ場を作ってあげたいというのはすごく考えています。『天盆』は13人兄弟ですけど、それぞれのキャラに見せ場がちゃんとあるようにしてあげたい、そうでなきゃいけないなと。登場人物への接待っていうのは変な言い方ですけど、そのキャラの見せ場がワンシーンでもいいからあるようにする。読者が「このキャラクター良いかもな」って思ってもらったほうが小説的にも得ですし、何より書いていてもそういうシーンを書くのは面白いです。
──『青の数学』では特に、数学の問題を解いているときの描写が幻想的で非常に印象的でしたが、小説を書く際はどんなことを意識されていたのでしょうか。
本当の数学者から見てあれが正しいのかどうかと言われると、おそらく正しいと感じる人は少ないんじゃないかなという気がします。最後のほうとかは、もうどちらかというと小説のほうに引きずり込んで書いたほうが良いのではないかなと、意図的に誇張してしまっているところはあります。あとは、小説を書いているときの自分の思考回路をトレースして、当て嵌めているところも多いですね。

青色が持つ意味とは
──青いものなら身につけられるという設定があった『マレ・サカチのたったひとつの贈り物』、そして『青の数学』というタイトルも踏まえて、王城夕紀さんの中で青色とはどのような意味を持つ色なのでしょうか。
青は境界(ボーダリー)の色。可視調光と見えない光の間という境の色だったり、人類学的な意味合い付けとしても、未知を表す色だったりするところがあるんです。私も詳しくないんですけど、「図像学」というジャンルがあって。要はキリスト教絵画のイコンで「リンゴは何を意味するんだ」とか「蛇は何を意味するんだ」とか、そういうところから発生して、図像に対する意味を研究する学問です。「青春」って言葉もありますが、この学問の中でも、青は何かと何かの間・境界・未明という意味が付与されているんです。あとは、フランスの国旗のトリコロールだと青に付与されているのって自由っていう意味だと思うんですよね。自由とは未知に対して飛び込んでいくことでもあります。歴史的な蓄積みたいなことなんでしょうねという推測でしかありませんが、青というのはそういう意味が仮託されやすいだと思うんです。
頭の片隅に、ずっと作品がいる
——『ノマディアが残された』は、完成までに8年かかった作品だと伺いました。
あれはつらいですよ。今から振り返れば、本にできたからいいようなものの、本にできるかどうかわからないまま8年間過ごしていたので。関連する本も100冊以上は買ったと思いますし、情報をかたっぱしから摂取してしまっていたから、頭のどこかでずっと作品のことを考えていたんです。たとえば、子どもが滑り台を滑っているのを見て手を振りながらも、もやもやしたものがある、みたいな。そういう状態が8年間続いていたんです。だから書くことそのものがつらかったというよりも、作品が形になるかどうかわからないまま考え続けていた時間のほうがつらかったですね。それでも、自分が逃げる・逃げないという話ではないんですけど、これで書けずに諦めるわけにもいかないなと自分で思い込んでしまっているところはあったような気がします。
──育児の経験によって、社会を見る視点が変化した部分はありますか。
おそらくあるんだろうなと思います。今、子どもが9歳なんですね。この9年の間に、私のものの見方とか、世界の見方みたいなものが、育児を通して変えられてしまっていることだけは確かだと思います。それがどう変わったのかを、まだきちんと振り返る作業をしたことがないので、パッと言葉にできないんですけど。それこそ、次の新刊では育児の体験をめちゃくちゃ盛り込みました。この8年、育児のせいで書けなかったので、じゃあその育児のことをネタにして、もう小説を書いてやろうと。

書き終えたからこそ見つかった
──『ノマディア』という単語には、どのような意味が込められているんでしょうか。
何でしょうね。遊牧民とか流動民とか、ノマドの人たちに惹かれるところがずっとあるんですよね。なぜなのかは自分でもよくわからないんです。でも、わからないからこそ気になり続けているという感じがあります。「ノマド」という言葉を「ノマディア」にすると、要は「ノマドの国」になる。でも「ノマドの国」というのは「移動する人たちの国」ということになるので、字義矛盾なんですよね。その矛盾が面白い言葉だなというのが、おそらくすべてです。だから、今ある既存の秩序とかシステムに対する対義語のような使い方ができる言葉のような気がしています。そういう意味で、すごく愛着があるんだと思います。
——『ノマディアが残された』では、移動する人々や国家、境界といったテーマが描かれています。一方で、作品そのものも、8年という長い時間をかけて、最初に在った言葉から大きく変化しながら形になったように感じます。
そうですね。最初に「ノマディア」という言葉があって、それに自分が惹かれている理由もよくわからないまま、ずっと気になり続けていたんだと思います。「ノマドの国」という、矛盾を含んだ言葉が、既存の秩序やシステムに対する対義語のように感じられた。そこへの愛着がまずあったんです。ただ、作品としては最初からすべてが決まっていたわけではありません。タイトルも構成も意味も、最後まで書いた後に見えてきた部分が大きいと思います。『ノマディアが残された』というタイトルも、読み終わったときに意味が変わるものにしたいという思いから選びました。書き始める前に決まっていたというより、書き終えたからこそ見つかったタイトルだったんです。

小説の持つ領土を広げていく
──今後はどんな小説を書いていきたいですか。
王道だけど変な小説。王道とは何かっていうのもいろいろあると思うんですけど、ものすごく堂々としていて、奇をてらっているわけではないのに、他に似たものはない唯一無二な小説。そういう小説を狙って書くのが個人的には一番楽しいです。たとえば『天盆』は架空の盤戯を真ん中に据えた小説ですよね。ちょっとしたことかもしれませんけど、小説で書かれたことのある領土があるとして、それがちょっとでも広がるような小説を書いていきたいなという気持ちはあります。
──今後、早稲田大学を舞台に書く可能性はありますか。
結局他の企画にすることになったんですが、何個か出した企画のうちのひとつに小劇場をテーマにした小説はありました。その企画に着手するんだったら、記憶を総動員して、大学時代に出会ったろくでもない人々のことをいっぱい思い出して書くことになるんだろうなと思います。
──いつかの楽しみにさせていただきます。
大学生へのメッセージ
──大学生へのメッセージをお願いします。
早稲田大学を振り返って「今でも好きだったなあ、合っていたなあ」と思うのは、放任なところですね。はっきり言って文学部の前身である第一文学部なんて、おそらく早稲田大学の中でも特に放任がひどくて、ゼミがなかったんですよ。ゼミやクラスにも所属せず、同じメンツというわけでもなく、本当にこんなに自由でいいのかなっていうぐらい、根無草のように自分の好きなようにしていました。今の早稲田がどうなっているのかは分かんないですが、早稲田はそこがいいなって今でも思いますね。とにかく好きなことをしたらいいんだと思うんです。私も大学のときは時間があったから映画を見たり本を読んだりしていましたが、就職して働くようになるとそうした時間もあまり取れなくなります。なんでも好きなことをする。ちょっと無理かもっていうことでも、できるだけやっておく。それぐらいでしょうか。
王城夕紀さん、ありがとうございました!