今最も注目されるドラマ演出家であり、常に話題を集める映画監督・塚原あゆ子。
そんな塚原監督と、今、そして未来の映像制作に目を向ける。
6月、監督の姿は撮影現場にあった。
現在に至る軌跡
——大学時代、演劇のサークルに入られていたということですが、当時の活動について教えてください。
年に2公演していましたけど、私は一生演劇で生きていこうというほどの熱量があったわけではなかったです。人がいなかったので、役者も裏方もやっていました。今の仕事に繋がっていることといえば、台本を自分の劇団用に直す、いわゆる筆入れかな。ほんの少しだけ演出もしましたね。
——学生時代に触れた映像作品の中で、影響を受けたものはありますか。
映画をたくさん観るわけでもなければ、アーティスティックな作品に触れることもなく、話題の映画を観に行く程度でした。影響を受けたのは海外だとデヴィッド・フィンチャー監督、日本だと伊丹十三監督の『お葬式』(1984年)や『マルサの女』(1987年)ですね。
——文学部に在籍されていたということですが、大学でどのようなことを勉強されていたのでしょうか。
具体的に言うと文学における近親相姦。宗教で何が禁忌とされているかと、禁忌の単語がどう流布したのか、シルクロードとどう繋がっているかが研究テーマでした。違う土地にある単語なんだけど、それらは別々に生まれた訳ではなく、影響し合いながら生まれている。それは交流があったからなのか、もともと自然界にある禁忌に近かったから世界中で同時多発的に生まれたのか。
「百匹目の猿現象」って聞いたことない? 1つのところで起きた事象が離れた場所でも同時に起こるという現象。どの宗教でも、禁忌とされているものはあって、生死や天災など、どうにもならないことに直面したときには宗教的な救いにすがるしかなかったんだよね。そしてそこに禁忌が連なっていく。長い歴史の中で、近親相姦によって奇形の子供が生まれて種族が滅亡する、ということがあって、近親相姦が禁忌になったのは日本だけではなかったはず。たとえば現代文学だとそれがどのように表現されているかについて論文を書きました。
——今の会社に入社したきっかけは何でしたか。
もともと、芝居をやっている周りの人たちの「全然食べていけなくて苦しい」という話を聞いていたんです。ちょうどTBSスパークルの前身となった会社の社長が舞台を観に来ていて、入社試験の案内をしてもらったんです。だから巡り合いですね。それで木下惠介という映画監督の制作会社に入ったんですよ。その会社はドラマも制作していたので、今この仕事に就いている感じですね。
——今に至るキャリアを教えてください。
私の時代は「女性は監督になれない」みたいな意識が業界でまだ濃厚だったので、はじめは制作部でお弁当を頼むような仕事をしていたんです。でも何となく「いいのかな、これで」「こういう仕事がしたかったのかな」みたいに思っていて。 監督になれる機会はあるのか会社に相談したら、「女性はプロデューサーです」とはっきり言われたのね。じゃあプロデューサーになろうとデビューして5年くらい経っても、20代の若手女性プロデューサーというものに信用がなくて、今度は撮ってくれる監督がいなかったんですよ。それで自分が撮るしかなくなって、その後少しずつ「人が足りないからお前が撮れよ」という流れになっていって、 29歳の時に監督になりましたね。
演出家の精神
——企画には、どのように携わられるのでしょうか。
今は次の10月クールの金曜ドラマ『LOST10』を撮っていて、湊かなえ三部作(※1)や、オリジナルで制作した『最愛』のチームが送る金曜ドラマというテーマで動いています。この企画はこれまでと同様に私やプロデューサーの新井順子(※2)だし、脚本は奥寺佐渡子(※3)さんですが、企画があって呼ばれることもあります。 あとは企画を自分で立てて売り込みに行くパターンもありますね。
(※1) 湊かなえ三部作:TBS系列の金曜ドラマで放送された『夜行観覧車』(2013年)『Nのために』(2014年)『リバース』(2017年)の3作品『最愛』:2021年にTBS系列で放送された金曜ドラマ。殺人事件の重要参考人と刑事という関係性で再会した2人と周囲の人間関係を描くラブサスペンス。
(※2) 新井順子:塚原監督が手掛けた作品では、ドラマ『夜行観覧車』『リミット』(2013年)『今夜は心だけ抱いて』(2014年)『Nのために』『マザー・ゲーム〜彼女たちの階級〜』(2015年)『結婚式の前日に』(2015年)『私、結婚できないんじゃなくて、しないんです』(2016年)『リバース』『Aではない君と』(2018年)『アンナチュラル』(2018年)『中学聖日記』(2018年)『MIU404』(2020年)『着飾る恋には理由があって』(2021年)『最愛』『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』(2022年)『下剋上球児』(2023年)『海に眠るダイヤモンド』(2024年)『LOST10』(2026年)、映画『ラストマイル』(2024年)をプロデュース。
(※3) 奥寺佐渡子:塚原監督が手掛けた作品では、ドラマ『夜行観覧車』『Nのために』『リバース』『最愛』『下剋上球児』『LOST10』、映画『コーヒーが冷めないうちに』(2023年)の脚本を執筆。
——企画に参加される決め手は何ですか。
「『最愛』チームが送る」というように自分の名前ありきで進んでいるものはやりますよね。あとは私の中で、原作がある作品より、オリジナルであることの方が価値が高い。それから、今後受けていく作品でいうと、海外の人に高く買ってもらえそうな作品を目指します。たくさんのコンテンツが多くの国に売れれば、儲かった分、次回作の予算が増えるかもしれないじゃないですか。日本のスタッフの年収を増やしたい。だからこそ次に結びつくような作品を選んでいますね。
——企画の打ち合わせでは、具体的にどういうことを話されるのですか。
最初に脚本を作ったり、キャスティングをしたりするので、作品の内容について話します。映画なのか、シリーズものなのか、それからキャラクターが決まったら、キャスティングについて話します。オファーをしたら、その人を交えたセッションをします。内容を説明して 「面白いね、やるよ」って言われたら、起承転結を考え、膨らませていく感じです。まずはとにかく台本を作る。そして放送する枠を決めます。
今撮っているドラマは金曜ドラマであることに意味があります。もともと『最愛』が金曜ドラマで、その復活みたいな意味も込めているので。ただ、たとえば去年の『ザ・ロイヤルファミリー』(※)は馬の話なので、どの曜日でなければいけないということはなかったんですよ。ただ、家族で観られると考えたとき、親子の話である『ザ・ロイヤルファミリー』は、日曜劇場で放送することに意味があるなって。物語が初めにあって、それに対して映画にするのか、ドラマにするのか。ドラマにするなら、どの局でやるのかを選ぶ。そのときに、局や放送枠ごとに予算が違うので、それにも合わせる感じですね。
(※)『ザ・ロイヤルファミリー』:2025年にTBS系列日曜劇場で放送された早見和真の小説を原作にしたドラマ。競馬の世界を舞台にひたすら夢を追いかけた人間と競走馬の20年に渡る物語。
——ドラマの放送枠によって演出に違いはありますか。
もともとドラマを撮ってきているので、放送枠の特色がドラマ作りの柱になっています。そこから逆に映画的って何だろうと考えたここ五、六年で、ショットのサイズ感のように映画的な表現や、ルールみたいなものが少しずつ自分の中でできてきています。
でもやがてドラマ・映画という垣根はなくなっていくはずよ。だって映画もドラマも配信も全部スマホで観られるんだから。でも映画体験が尊いのはわかる。贅沢なエキストラやCGの使い方は映画の恩恵として受け止めて映画を撮るようにしているけれども、そこを意識しすぎないように調整していきたいなと思います。
——出演される方はどのように選ばれるのですか。
ご一緒したことがある方なら、演出した時の肌感覚もあるので、合うかどうかが何となくわかります。初めての方は「こういう作品に出てるからきっと好きなんじゃないだろうか」といったことから、マネージャーさんに相談することもありますね。何度も出ていただいている方には、企画が立ち上がる前から声をかけていることもあります。 それは映画監督が取ることの多い手法です。どちらにも長所があるような気がしますね。
——相手によって演出の仕方も変わってくるのでしょうか。
その人がわかりやすいように伝えますね。たとえばキャラクターを中心に台本を読み解く方には、キャラクター目線で話した方が話が入っていきやすい。キャラクター目線で話した方がいい人、大きな台本の流れで話した方がいい人などに分かれます。それを観察して理解しやすい主語で話すようにしています。「誰々さんにはさっきこんなことが起きていますが、驚きはそれくらいですか?」と聞くパターンと、「台本的にはこうなっているけれど、驚き方は本当にこれくらいでいいですか?」と聞くパターンで人によってわかりやすさは変わってくるんですよね。
——ストーリーに対して、演出家としてどのような目線で制作されていますか。
たとえば今回は、私、新井、奥寺さんという3人で喋るとき、真ん中にストーリーがあるんです。ストーリーの流れを話し合って、実際に奥寺さんが書く。そして書かれたものに対してさらに話し合っていくので、私は生まれてくるものに寄り添う感じですね。
——どのように演出のイメージを立ち上げるのですか。
スタートは演出家というよりは作家として物語を考えるけれど、自分の才能を超えたら脚本家がやってくれます。それを読んで面白いとか、ちょっとわかりづらいとか言うんですよ。そうしているうちに世界線が映像で見えてくるんです。どういう映像がその物語にふさわしいのか、その役者にはどういうキャラクターがいいのか、などが見えてくるのが、演出家の精神になるタイミングかな。
——ご自身が経験したことのないような心情や立場、馴染みのない職業などをどのように演出されていますか。
たとえば、人を殺したことがなくても役者は想像して演じますよね。ただ、自分だったらどうだろうという思考から完全に離れることはできないので、役者自身の人生の引き出しから想像してもらい、あるときは私がアドバイスしたりして役柄に対するイメージを膨らませてもらいます。
——役柄に対する想像をよりリアルに表すために工夫していることはありますか。
キャラクターを立ち上げるときにキャラクター表を作ります。まずは年収など、性根を探ることから始めますね。人となりを掴むときに、どんな家に住んでいるかなどに好みが出るじゃないですか。それだけでもキャラクターって違ってくるんです。たとえば、衣装合わせで役者さんとキャラクターについて話すときに、年収を決めるとみんなの中でイメージがつくんですよ。そういう共通認識になりそうなものから発想するようにしています。
——制作段階で取材にも行かれると思うのですが、どういった準備をされていますか。
特定のシーンについて話を聞くときは、自分と取材相手が持っている情報が、寸分の違いもないものになるように書類を用意します。そして何を聞きたいのかをまず初めに伝えて、端的に話ができる土壌を作ってから話すようにしています。
ただ、何か話の種を引き出そうとか、お芝居に利用する癖を見抜こうとかではなくて、茫漠とした取材もある。そういう取材では、質問の内容に意味があるのではなく、質問にどう答え、どういう思考回路で考えるのかにキャラクター的ヒントがあるので、雑談から入って、話しやすい話題を振ることに集中します。人の答え方は職業や置かれている立場に紐付くので、台本の中のキャラクターに使えるかを見ている感じです。
取材の目的が明確であることがまず自分の中では大事なので、準備をする。そしてその目的を最初に見せてしまった方が有効なのか、相手が何の取材されているのかわからないまま終わるの方がいいのかを選びます。もちろん当日、その人の顔色を見て、話しながら調整することにはなりますけどね。
たとえば話しづらいであろうことについて「喋らないですよね」と振ると相手は笑うじゃないですか。それを何度か繰り返すと徐々に喋りたい気持ちになってくるんです。そうしたら管轄外の具体例などを挙げながら質問する。そうしたら、「聞いた話なんだけど」と言いながら、話してくれるんです。そして、自分の話が混ざってくるのを待ちます。
——取材にもテクニックがあるのですね。
この職業って最終的にはどこか人に言うことを聞かせなくてはいけないんですよ。相手に自分の土俵に上がってこさせるのが一番難しくて、自分の中でその技術が一番発達してきます。
たとえば心を開いてくれない子役がいたとして、いくつか質問をした後にまた戻ってきて声をかけるの。一度に情報を聞くと心を閉ざしてしまうから、一旦間を空けて、その子が自分が話しかけられたことを理解したらもう一度同じ質問をする。そうすると少し心が開くこともあるんですよ。監督にはみんなそれぞれそうしたテクニックがあると思うし、そういったやり取りが大半の仕事なんです。
——劇中の音楽のイメージはどのように持つのですか。
台本を文字として捉えているというより、頭の中で映像になっているんですよ。文章の中を想像しながら読んでいるということなんですけど、何となく初めから音がついている映像を現実のものにするという感じです。
——スローモーションの使い方に関しての工夫はありますか。
もともと私はスローモーションを使っていなかったんですが、スポーツの世界で標準装備されていた感度のいいカメラが現場に来てから、私たちは更なるスローの世界を手に入れたんです。そうすると、カメラマンも嬉しくて使ってみるんですよ。スローを使えるところは実は多くない。物を落としたとき、振り向くとき、髪の毛がなびくときなどタイミングは結構決まっているんですよ。
——どのような思いで新しい演出手法を取り入れていますか。
見たことあるものを作ったら負けじゃない? 見たことあるものは、もうあるので作らなくていいんですよ。まだないものを作っていかなくてはいけないと思います。 王道でいいんだと言われる物語だとしても、過去にあったものを焼き直しても仕方がないと思うので、もしそれがリメイクだったとしても、何か新しくしたいと思います。特に技術は日々進化しているので、取り入れながらやっています。今撮っているドラマでは、ドローンとCGの融合に挑んでいるので、楽しみにしていてください。
——普段から別の方の作品を観ることはありますか。
ドラマの1話は全部観て、面白いか、誰が出てるかを把握します。ただ、最終回まで観る作品は数本なんですよ。自分の好みはなくて、単純に面白いものは観続けられる。それを20年近く繰り返しているので、蓄積はあるし、普通の人よりは映画も観ます。それに私はアニメも好きで、カット割りに影響を受けたりもします。色使いとかコマ割り、リズムに注目したりしますね。
まだ見ぬものを作り出す
——塚原さんの作品は非常に人気がありますが、登場人物の魅力をどのように届けていますか。
脚本家の野木亜紀子(※)さんとは何作も仕事をしていますが、台本の中にまずは種があります。そして実際どんな役者がその台詞を話すのかを深く考えなくてはいけない。脚本家によってアプローチの仕方は違うけれど、それでもやはりキャラクターは1枚ではなく、多層的に人間の精神は成長している。嫌なことと良いことを同時に考えたり、表情だって嬉しいだけではなくて、この嬉しさが明日も続くか不安になったりね。悪い人にも悪くない一面があり、良い人にも悪い一面があるというふうに読み解くようにしています。それを視聴者が自分に近いと思って好きになってくれたり、二次創作したくなるような、想像しやすいキャラクターになったりしているとしたら嬉しいですね。
(※) 野木亜紀子:塚原監督が手掛けた作品では、ドラマ『重版出来!』(2016年)『アンナチュラル』『MIU404』『海に眠るダイヤモンド』 、映画『ラストマイル』の脚本を執筆。
——時勢の分析はどのようにされていますか。
人間が考えつくことは世の中で実際に起こるのよ。たとえば「宅配便って誰が配達しているの?」って思っていたんですよね。置き配や宅配ボックス、コンビニで受け取れるシステムは昔はなかった。そのときに「どうやっているんだろう?」「このシステムで毎日働いていくら貰っているんだろう?」「再配達したら同じだけの賃金が貰えるのかな?」みたいな。そういった疑問が『ラストマイル』に繋がるので、日々生活している中に作品の種があるような気がしますね。
——時事的な視点は気にしていますか。
「こうじゃなきゃいけない」とは思わないけど「こうなってほしい」という世界線はあるの。「こうであってほしい」未来にマイナスになるような発信はしない。たとえば女性が、いつもスカートを履いてキッチン側にいる配置はしない。そういう人も出てくるけど、そうではない人が出てこないキャラクターの構図は作らない。パンツを履いていたり、ご飯を作らない日があったりするようなシーンを同じくらいの分量で作る。女性がキッチンに立っている画を視聴者の頭に残さないような工夫はしています。あと、たとえば男性が帰ってきたときに女性が鞄を持つ動作が嫌い。メディアで描くとそういうもんだという植え付けになるのでやらない。日曜劇場で描かれる女性が本当に脇役扱いされていないのかというと非常にセンシティブだけど、私がやってきた作品にはそういう女性は1人もいないと自負できるし、同時に男性もカテゴライズされた人がいないようにしたいと思います。
——そういった思いは打ち合わせで共有されていますか。
まあね、お互いの人間観もありますしね。何に怒っているのか知れるし、時事的な話になるとお互いの立ち位置がわかりますよね。日本では宗教が身近じゃないかもしれないけど、これから先、コンテンツを海外へ売るときにそれを意識しないで作ると、海外の販路は見えてこないと思うんですよね。やっぱり作品を作っていった方が経済は回るので良いことが増えると思うし、人口が減っている昨今、たくさんの人とエンターテインメントを共有できる未来を作っていかないとまずいなって思うから、意識して喋っていますね。
——1つのドラマを複数の演出家で撮ると思うのですが、どのように統一感を出されているのですか。
一応私は現場にいるので、違うと思ったら言うって感じ。昔、自分がチーフではなかったときにはチーフ監督が演出しているのを見て「こうかな?」って思いながらやって、違うよって言われたら直すという感じでした。ただ、1人の監督がやるから正しいってことではなくない? いろんな人の解釈で世界が繋がっていくのはドラマならではで、素敵だと思いますね。
——多くのエキストラが参加するシーンでは、どのような心配りをされていますか。
最近で一番人数が多かったのは、『ザ・ロイヤルファミリー』での競馬場の人たち。それは、みんな馬が走り出したら歓声をあげるという同じ動きをするから、演出も簡単。だけど『海に眠るダイヤモンド』(※)みたいに、 たとえば端島のセットに300人集めたとしたら、お店屋さんがいて、お風呂から出てきた炭鉱員がいて、それぞれの人生がそこにあるので、「あなたはお花屋さんですが、花は造花なので、演技力でお花を咲かせてください」みたいに全員と喋ります。ただ、時間がかかるので、2回目以降は助監督が同じように喋って、スピードアップしています。ただ、日常のルールとかは難しいですよね。日常のシーンでどう動けばいいのかわからない人をなくしたい。頭で考えて、「私は子どもがいる設定だから、これから学校に送りに行く」ってわかっている人の動きと、単に「右から左に歩いてください」って言われた人の動きは違うので、私はそういう部分にこだわって話をしますね。
(※)『海に眠るダイヤモンド』:2024年にTBS系列日曜劇場で放送されたドラマ。高度経済成長期の長崎県・端島と現代の東京を描く70年の物語。
——海外が舞台の作品を手掛けた際に感じたことはありますか。
『グランメゾン・パリ』(※)を撮った時に思ったのは、中途半端な英語を喋るぐらいだったら、目を見て日本語を喋る方が伝わるということ。私が監督という立ち位置だから、みんな私の言うことを聞かざるを得ないから成立するんですが……。通訳さんに聞いて読み解こうとするので成立していました。私が日本語で喋ったらその熱意は伝わるけど、フランス語は喋れないので熱意が伝わらないわけ。こういった場の壁は超えられる。それに、海外の映画祭に行くと、同時翻訳機があるから困らないんですよ。
(※)『グランメゾン・パリ』:2024年に公開された映画。「グランメゾン東京」でミシュラン三つ星を獲得したシェフが、フランスで三つ星獲得を目指す物語。
映画とドラマ 現在と未来
——映画とドラマというメディアの違いについて、多くの作品を手掛ける中で捉え方が変化した部分があればお聞かせください。
初めはあまり変わらないって思っていたんですけど、変わりました。ドラマの続編である『グランメゾン・パリ』では、ドラマと映画って違うなと実感しましたね。ドラマの勢いと映画の見せ方に確実に差がある感じがあって、リズムの違いなど私なりにですが。
——ドラマで描いてきた世界観を映画で描く際に意識したことはありますか。
坂元裕二さんが脚本を書かれた『ファーストキス 1ST KISS』は、チームに映画人が集まっていました。キャストだけではなく、スタッフが映画人かどうかも大きくて。誰と、どんな話を作るかが第一にあって 、映画なのかドラマなのか意識しますね。『ラストマイル』は、『アンナチュラル』や『MIU404』のチームが送る映画という触れ込みでしたけど、『グランメゾン・パリ』は撮影と照明は映画人で、美術はドラマ人というように分かれていたんですよね。そういうのも含めて面白いなと思っています。
——映画人とドラマ人に違いはありますか。
すごくある。どちらも素敵なんだけど、映画人にできないことがドラマ人にはできるんです。その逆もある。たとえば、映画人には撮れないシーン数をドラマ人は撮りきれるんですよ。それはこだわりがないからではなくて、スキルがあるから。それぞれの流儀があって、どちらも尊い立場。そのうえで、作品ごとにどちらを選ぶかだと思いますね。
——近年は配信ドラマや動画配信サービスが台頭してきていますが、そうした変化が制作現場に影響を与えていると感じることはありますか。
OTT(動画配信サービス)に取られるからスタッフは少なくなった。でも映画人たちは儲かるようになったのかな。もともと映画はコンスタントに作られていなくて、食べていけないって言われていたけど、今は映画がコンスタントに制作できるようになっている。配信の台頭で、映画界もドラマ界も手薄になって、マンパワーがちょっと減ったなって感じはします。だけど私たちはプラットフォームを活用するし、話も受けるので、楽しいことが多くなってよかったと思っています。 それと、動画配信サービスで良いなと思うのは昔の作品が観られること。昔は再放送されなかったらコンテンツ自体がなかったことになるじゃない? 昔の良作に触れる機会がいろいろな人に与えられるというのは良い流れだなと思います。
——映像業界で制作費の変化や人材の減少といったことが言われていますが、そうした変化が制作現場に現れてきたということがあれば教えてください。
それはない。テレビ局それぞれにルールがあるんですよ。 どの制作現場でもそのルールの中で仕事をするんですね。それは映画も一緒。だから、何かが開発されたり新しいサービスができたりしても制作現場は変わらないです。
—— 現在、作品への評価軸が視聴率やSNSの反響など、多様であると思うのですが、ご自身の作品への反響や評価をどのような形で実感されていますか。
どうだろう。視聴率は曖昧になってきたんだよね。視聴率にもいろいろな数値があるので、観られているかの判断が難しくて、何の数字で喜んでいいのか、ちょっとわからないかな。ただ、トレンドに上がるとみんな喜ぶので、そういうところで反響を感じますね 。たとえば本放送、TVer、Netflixで同時に出ることは、視聴ツールが3つに割れて、視聴率にとってはマイナスなんですよ。だけど、実際にはより多くの人に観てもらっているんですよね。だから、そういう意味では視聴率はどんどん高くなっていってると思います。家でなくても観られるようになっているしね。最近では『ザ・ロイヤルファミリー』がNetflixで配信されて、韓国の「グローバルOTTアワード2026」で監督賞を受賞したりして、無自覚に世界にアプローチできているのよ。そういう意味では視聴率を国内だけで話す時代ではなくなってきている気がします。
——視聴者の反応はどのように受け取っていますか。
トレンド入りしたという報告は回ってくるけど、実際にリアルタイムでSNSの実況などを見ることはないです。ただ、話題になった書き込みとか、YouTuberの方の動画とかは、後で役者さんと見たりします。反響として、たとえば『着飾る恋には理由があって』(2021年)で星野源さんの主題歌『不思議』を二度に分けてかけていたら、「おいげん」って話題になったんです。それを源さんに伝えるということはありました。撮影中やオンエア中にずっと気にして見ていれないので、感想を聞きたいなと思いながらも、なかなかタイミングがないですよね。ただ、映画の感想は結構見ますよ。ドラマは毎週上塗りされるけど、映画は同じなので。
——スマホやテレビなど作品を観る媒体が多様になってきているように思いますが、撮り方にも変化はありますか。
個人的には寄りのサイズ感を意識しています。昔はテレビに対してのバストサイズが標準な感じで、アップは多用しなくてもいいんじゃないかと思っていた。ただ、テレビからスマホになると、もっと見たいって気持ちになる。この人が近くにいるような気持ちになるには、ある程度アップサイズにしないといけないんじゃないかなって今は思ってます。私の家にはテレビがなくて、プロジェクターで観ているんですけど、自分の作品はデカくてちょっとしんどくなる。でもスマホで視聴する方も多いのでいいかなと思いますけど。
——現在AIなどの新しい技術が登場してきていますが、どのような形で取り入れていきたいですか。
著作権問題がクリアになるまで私は様子を見る。誰かを傷つける作業をしないために、AIの法整備と作品のロイヤリティが保証される世界が見えたら考えます。ただ、CG自体は膨大な情報ソースがあって出来上がるんですよ。たとえばたくさんの火をいろんな人が撮ったから、火のCGはこれからどんどん安くなっていくと思う。その中で、ある人が作った素晴らしいCGを次の人が上塗りしていいのかどうか。ある作品を基に何かを作った人が100万円受け取るなら、基になった作品に20万円戻すというように、原作権に近いようなライセンスが必要なんじゃないかと思ったときに、AIと共存する接点が私には見つからないので、今は手を出さない。今回の作品ではドローンとCGの融合を使いますが、山の映像などは基本的に実際に撮りに行ってCGを作るようにしていますね。無自覚に誰かの著作物を傷つけることがあってはならないし、出典を遡って、自信を持って作品を出せないうちは手を出さないです。
世界への轍を刻む
——監督のスケジュールはイレギュラーなイメージがありますが、どのように心身の健康を保っていますか。
現場が楽しいので、毎朝起きづらいというわけではないですけど、疲れるとみんなテンションが下がるじゃないですか。それを下げないようにするのが私の役目だと思うので、元気なフリをします。そうすると、自分も元気な感じになる。ただ、疲れは依然残るので身体のメンテナンスはしますけど、基本的には自分の機嫌は自分で取る。自分の中に一定のリズムを作ることが大事で、やりがいはその中に見出すもの。朝起きて眠い顔をしていても何も始まらないので、自分の機嫌をどう取ろうかな、コーヒー飲もうかな、とかね。
——お休みはまとまって取れるのですか。
がっつり休めているはずです。4ヶ月は馬車馬のように働いて、2ヶ月休んで、また準備してという感じですね。休んでいる2ヶ月間で旅行に行ったり、ダラダラしたりして緩急をつけています。でもそうしているうちに、次は何を作ろうかなと楽しみになって、また仕事を始めるという感じなんですよね。メンタルや身体が疲れていないかは、余暇の時に自覚する。それが大きく言うとライフワークバランスだと思います。
——塚原さんのキャリアを振り返ってみて、転機になったり印象に残ったりした作品はありますか。
『ラストマネー』(2011年)という生命保険を扱ったドラマは、初めて自分で企画を出して、チーフとして撮った作品なので転機となりましたね。誰も撮ってくれないなら、自分で撮るしかないんだという意識の転機にもなった。それと、湊かなえ三部作です。3本全てでチーフ監督をしたことで自分の名刺ができました。
——やりがいを感じるのはどんなときですか。
自分のドラマがテレビで流れたとか、私が作った割本を役者さんが見ていたとか、日常の中のそういったことがやりがいだったりするんですよね。やったことが形に残って、影響を与えている瞬間を見るのはやりがいだなと思います。社会に何か有効な活動をしたという自覚が必要なんじゃないかな。やりがいってあんまり大きいことじゃないんですよね。みんな大きいことを言いすぎるから、自分はやりがいがない仕事をしているって思ってしまう人がいるんじゃないかと思って、いつも小さいことをやりがいにしようと思っています。何か受賞することがやりがいですと言ったら、一生取り続けないと次のやりがいがなくなっちゃうじゃない? そういう考え方じゃない方が、きっと成長するし、楽しい毎日になると思います。
——インタビューでの思考の整理や、作品についての言語化はどのようにされていますか。
インタビューされると、喋りながら自分で整理がついてくるんですよ。それに、考えていることは文字に残したり言葉で言ったりしないと、結局自分の中にないことになってしまうんですよね。アイデアを書き留める、人に話す、それを繰り返していると、目指すことや、やらなくてはいけないことが明確になってくるので、癖にしているところはあります。
——今後の展望をお聞かせください。
ドラマや映画で、区切りなく、自由に仕事ができる人材を増やすこと。どっちが向いているかは後からわかるものだから、映画とドラマを自由に行き来できたらいいなと思っています。あとは海外で高値で売れる作品を目指したい。どこを目指した方がいいのかは、私以外にもたくさんの先人たちが走って、轍ができた先に見えてくるものだからまだわからないんですけどね。やはり、映画界には北米からの評価がないと、役者のギャラは10億に乗せられない世界線がある。近年、北米を目指す轍ができてきているのでそれに賛同したいです。役者のギャラが高くなると、制作費が高くなる。良い役者と言われて売れている人たちは、そのまま高値で売れていくんです。でも、新しく売り出される人たちの土俵を作ることもエンタメ業界を元気にする方法なので、そのためには人口の多いアジアのマーケットが必要。だから北米とアジア、2つの轍を意識していきたいです。まずは、作品をたくさんの人に観てもらえる土俵が日本のエンターテインメント業界の底上げになると信じています。
埼玉県出身。ドラマ演出家、映画監督。
木下プロダクションに入社後、ドリマックス・テレビジョンを経て、現在はTBSスパークルに所属。
主な作品にドラマ『アンナチュラル』(18)、『最愛』(21)、『ザ・ロイヤルファミリー』(25)、映画『ラストマイル』(24)、『グランメゾン・パリ』(24)、『ファーストキス 1ST KISS』(25)など。2026年10月期TBS系金曜ドラマ『LOST10』のチーフ演出も担当している。