名前を聞いたことはあるけれど、よく知らない。そんな仕事について深掘ってみると、新たな世界が見えるかもしれません。
さて、皆さんは<校閲>という仕事をご存知でしょうか?
読み手でも書き手でもない、その間の橋渡し役という存在である校閲は、伝えたいことを正しく届けるために「言葉」と向き合い続けています。
今回は講談社校閲部の新村公香さんにお話を伺いました。
私たちの生活に欠かせない「言葉」を、改めて深く考えてみませんか。
作品として・商品としての質を守り、売るに値するものを作るために、出版社における品質管理部門たる校閲が部として確立されているべきだという思いが会社にあるからだそうです。
講談社は1909 年創立で、校閲部も 100 年近くの歴史があります。
外部委託という形をとる部分もありますが、社員による校閲が多く行われているところが講談社の特徴なのかなと思います。私もそうなのですが、新入社員はほとんど校閲経験がなく、校閲記号も分からない状態で入社しているんです。一から育てる、という思いが強いところも講談社の特徴だなと思います。
そういうところが良さなのかなと思いました。再雇用などで継続して働かれている、本当に職人みたいな、私から見れば神様みたいな、ベテランの校閲者の方もたくさんいます。
あとは文芸誌などの小説系から新書系のノンフィクション、コミックとか子供向けの幼児誌までいろんなジャンルのものに関わることができるのも総合出版社ならではの良さなんじゃないかなと思います。
やっぱり私は本が好きなので、作品に関わることができるところが一番面白いです。「本を作る瞬間に立ち会っているんだ」という実感はすごくありますね。あとは、うちの会社は多くのジャンルの本を取り扱っているので、作品を通して自分が知らない世界に触れられるのも面白いです。
以前作家さんのパーティーに参加させていただいたことがありまして、校閲って、作家さんと直接会う機会はあまり無いんですが、そこで作家さんから「校閲の助けがあって良い作品が書けました」と言っていただけたんです。こうやって、ちゃんと自分たちの仕事を見てくれる人がいるんだなとすごく嬉しい気持ちになりました。その言葉は自分にとってのお守りになっています。
ミステリー小説を校閲しているときに、家の鍵の壊れ方がトリックの成立条件になっていることがあったんです。でも、この鍵はそうやって壊れないんじゃないかと思って。鍵の組立図とかをひたすら調べたことがありました。ミステリーのトリックが本当に成立するのかどうか考えるのは、なんだか探偵っぽくてすごく楽しかったですね。私自身ミステリーが好きなので、好きなことができてる! と思いました。
あとは、これはまずいだろうと思う表現を、そのままで通されてしまうギリギリのところで編集者の方に伝えられたときとか。読者の方々の気持ちを傷つけないようにすること、ひいては会社の信頼を守るということに自分が関われているのだと実感したことがあります。
鍵のお話のように、一つのことに対して深掘りして調べるということが多いのでしょうか?
そうですね。校閲したものには責任を持ちたいので、つい調べ物には熱が入ってしまいますね。自分の中で調べきったと感じられれば、自信を持って原稿を戻せるかなと思っています。本当は、調べ物よりも言葉や表現の方に重きを置いて目を配った方がよいのでまだまだなんですけど……(笑)
校閲者の女性が主人公のドラマの中で、主人公が外に出て調べ物をする場面がありました。実際はどうなのでしょうか?
外に出ることは無いです(笑)外に出るとしたら国会図書館に行くことくらいですかね。ドラマのようにあちこちに行けて、作家さんとたくさん会えたら楽しいんでしょうけど……(笑)
校閲というお仕事をあまり知らない人たちに魅力を発信するとしたら、どのようなところが魅力だと思いますか?
やっぱり縁の下の力持ちであることが一番の魅力ですかね。どんなに良い作品で、すごい作家さんが書いていたとしても、その土台となる言葉がぐらついていたり、誤字脱字などがあったりすると、それがノイズとなって作品に対する評価も下がってしまうことがあると思うんです。それを崩さないようにするのが、校閲の役割だと思っています。
難しいことだらけですね。校閲の仕事って、自分を出さない方がいいんですよ。フラットに文字を追っていくべきなんです。でも、つい文章中の表現に対して「こうした方がいいんじゃないか」と思っちゃったりするんですよね。本当にその指摘が適切な場合もありますが、これは私の好みなんじゃないかと思うときもあって。そういうところはまだまだだなと思います。一緒に仕事をしているフリーの校閲者の方々はベテランの方が多いので、ゲラを見るとすごくためになりますし、自分の未熟さを痛感します。
あとは、言葉って正解がないじゃないですか。そこが一番難しいかなと思います。何かルールがあってその通りに直すなら楽なんですが。辞書に無い不思議な言い方だけどそれが味なのかなとか、この表現でいいのかな、と悩むことが多いです。
最近は校正ツールが出てきたりなど、昔と校閲のあり方が変わっていると思うのですが、それに関して何か考えていることなどはありますか?
校閲部の中でも個々人でも、 AI とかパソコンに興味ある人が多いと思います。でも、やっぱり AI の特徴として、いろんなデータをざーっと分析したり、外れ値みたいなのを見つけ出したりは得意でも、文学的な表現などを理解して 上手く提案できるかと言われればまだちょっと苦手なんじゃないかなと思っています。例えば、差別的な言葉は使ってないけど、内容が差別的になってしまっているみたいな。ビジネスの場面の校正などでは便利だと思いますが、出版における人力の校閲っていう仕事は、まだまだ無くならないんじゃないかなと思います。みんなで集まって話してもそういう感じの結論になることが多いです。
日常のなかで何かしらで誤字脱字を見かけると、やはり気になりますか?
気にならないと言ったら嘘になります(笑)
この仕事を始めるまでは漢字の新字体とか旧字体とかあまり気にしてなかったんですけど、仕事を始めてからは気になったりしますね。でも日常生活でずっと考えていると性格が悪くなりそうなので、あんまりやらないようにしています(笑)
なにかを見て「誤字ある!」と思っても、そっと心の中に……みたいなことは全然ありますね(笑)
仕事をするようになってから気になることが増えたので、それだけ自分の言葉の世界は広がったのかな、と思っています。
校閲の仕事に興味がある方に伝えたいことはありますか?
講談社であれば校閲のスキルを今のうちに磨けみたいなことは一切ないんですけど、なにか強みがあるとより良いと思います。
たとえば、うちのスタッフの方にも元薬剤師の校閲者の方がいて、ノンフィクション系の薬に関する内容にすごく強いですし、サッカーが好きな方だとサッカーが出てくるゲラ(原稿)に強いですし。強みがあると、周りもお願いしたくなるので、頼りにされていますね。
校閲をする上で大切にしていることを教えてください。
書き手の言葉を大事にすることは第一ですけど、私たちは読者に向けて商品を提供する側でもあるので、伝わることも大事にしなきゃいけないんです。そのバランスは難しいなあと、言葉と関わっていく中で思います。
私たち校閲は作り手側でありながらも、編集者や作家さんの後に初めて読む読者でもあるわけじゃないですか。誤解を招きかねない表現にエンピツを入れるべきか、どう入れればいいのかというところはいつも悩んでますね。 今年(2023)から『群像』という雑誌を担当していて、これがまた難しいんですよ(笑)「これはどういう意味なんだ?」って部分が多くあっても、それもまた味だったり、研究者にはつうじる表現だったりする。先輩方から「そのエンピツは余計じゃないか」ってアドバイスをもらうこともあって、より悩み続けていますね。
出版物ならではの良さはありますか?
今は誰でも発信できる世の中で、SNSとかの生の声にも校閲を通さないからこその良さもあるとは思いますが、情報が沢山ある中で信頼できる情報やクオリティのものをプロがちゃんと作るというところが出版物の良さだと思います。
言葉と向き合うなかで感じていることを教えてください。
言葉の意味って辞書的な意味だけではないじゃないですか。辞書的にはネガティブな言葉も、ポジティブなイメージを持たれていたり、ポジティブな言葉にネガティブなイメージがあったり。実際に使ってる人たちの実感的な言葉の意味や、使う人の中で共有してる文脈は知っていた方が校閲に役立つと思うので、言葉への感度は常に高めておきたいですね。価値観や常識とか、最近すごい勢いで変化しているので、そういうものに意識を向け続けていたいなと日頃から思っています。実践できてるかは怪しいですけどね(笑)
変化し続ける言葉に対して思うことはありますか?
道具として使う言葉は変わっていきますが、伝えたいものや内容の本質的なところは変わらないんだと思います。
新村さんの思う校閲者のあるべき姿ってどのようなものなんでしょう。
「黒子に徹する」ことですね。自分を出さないでゲラの文字と向き合いたいんですけど、つい自分が出てきちゃうんです。先輩の校閲は過不足がなくて、それを見ると「かくありたいなあ」と思いますし、そういう方の仕事を見ることでもっと学んでいきたいです。
うちの校閲部だと大体10年で一人前になるので、4年目の私はまだまだ指導していただいてます。チーフに点検してもらって自分の見落としに気付くこともありますね(笑)ゆくゆくは、作家さんに信用していただける校閲者になりたいです。この人に頼んだら過不足ない指摘をしてくれる、と思ってもらえるような。
これからも長い間校閲の仕事をやっていたいと思いますか?
やっていたいですね。じっくりものを調べたり、言葉やゲラと向き合う作業はすごく自分にあっているなと思っています。今後このまま修業を積んでいく中で、自分がどんな校閲者になるのか見ていたいです。あわよくば好きな作家さんの校閲をしてみたいです(笑)
プロフィール
講談社 校閲第一部 新村公香
2020年 早稲田大学(教育学部国語国文学科)を卒業後、講談社に入社。
現在は文芸誌『群像』などの校閲を担当。