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『科捜研の女』『名探偵コナン』の裏側に迫る! 脚本家・櫻井武晴インタビュー

ミステリドラマの名手、櫻井武晴相棒』『科捜研の女』に黎明期から携わり、劇場版『名探偵コナン』シリーズではメガヒットを連発。日本一有名なミステリに関わってきた彼に、その裏側について訊く。

プロフィール

櫻井武晴脚本家、プロデューサー。1993年、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。同年、東宝に入社。東宝映画でプロデューサー業を行う。
1995年、在職中に第一回読売テレビシナリオ大賞で大賞を受賞。2000年に東宝を退社後、脚本家として本格的に活動を開始。2002年から『相棒』『科捜研の女』に脚本家として参加。2011年、『相棒Season9』第8話で貧困ジャーナリズム大賞を受賞。2013年に劇場版『名探偵コナン 絶海の探偵(プライベート・アイ)』の脚本を務めて以降、2025年『隻眼の残像(フラッシュバック)』に至るまで劇場版『名探偵コナン』7作担当。

 

記事本文

「興味か悲しみか怒りか」

――早稲田大学在学中で印象に残っていることはありますか?

働きながら大学に行っていたから、あまり学生らしい思い出がないんだけれど、スナックでバイトをやってた時期に友達を集めて飲み会をやったことはあった。第二文学部の演劇クラスの友達だったから十数人くらい。演劇クラスは人数が少なくて1クラスだけだったし、部活動みたいだった。やってることが演劇だしね。座学で能・歌舞伎・文楽を学んだり、昔のテレビドラマを学んだりする授業だった。友達と一緒に歌舞伎に行ったり、飲みに行ったりしてた。そのときは「レポート書かなきゃいけないから~」とか渋々行ってたんだけれど、今になって思うと、みんなで行った能楽堂とか、自分の店で酒を飲んだこととかがはっきり思い浮かぶ。大きな事件とか、何か特段いいこと、嫌なことがあったっていうよりも、別になんてことない日常の、みんなと何かやったっていうことが印象に残ってる。能が楽しかったとか、楽しくなかったとかは、思い出せないんだけれどね(笑)。

サークルには入ってなかったんだけれど、今思えば、あれがサークルっぽい感じだったのかなと思う。周りにサークル入ってる人がいっぱいいて、楽しそうだなとは思ってたけれど、当時は別に羨ましかったわけじゃなくて、俺は俺で働いているほうが楽しいくらいに思ってた。

ただ、就職してからよくよく考えたら、働くことって学校を卒業したら、どうしてもしなきゃいけないし、みんなできることなんだよなって。ただ、同じ年代の、まだ何者でもない人たちが1つのことを一緒にやるっていうのは、卒業したらできなくなる。社会人になってから、会社のサークルとか市民団体のサークルとかに入ってみたのよ。でもね、社会人になってから入るサークルって参加する人にもう肩書きがついちゃってるのよ。東宝の櫻井ですとか、どこどこの企業の誰々ですって。それが嫌なわけじゃないんだけれど、大学生は肩書がない。つまり何者でもないでしょう。それへの憧れが卒業してから出てきて。だから、学生時代のみんなで集まった他愛もないことが、一番印象深く思い出されるんだろうなと思います。「ああ、あの時しかできないことだったんだ」っていうね。

 

――演劇を専攻したり大学でご友人と過ごしたりしたことで、今の執筆活動につながったと感じることはありますか?

早稲田に通っていたということで言うと、一昨年ぐらいまで『記憶捜査』という北大路欣也さん主演の事件ものを書いていて、東新宿署っていうのを舞台にしてたのね。1話の冒頭、通り魔事件が起きるんだけれど、早稲田で起こしたんだよね。執筆時間が何もなくて、制作会社とテレビ局から、「北大路欣也さん主演です。車椅子に座ってて年齢的に捜査は無理でも、何か警察の活動をさせてください」って、お題が与えられた。で「所轄はどこがいいですか?」ってなったのね。銀座とか横浜あたりとか全国区だし、面白いかなとか思ったんだけど、土地勘がないのよ。その時に新宿は生まれ育ったところだし、早稲田大学通ってたから、地理はわかるんで早稲田にしようとなった。

北大路さんと打ち合わせがあったんだけれど、同じ第二文学部ってことで話になったんだけど、あんまりにも年代が違いすぎてて、共通の先生もいないし、下手したら学んでいた校舎も違うし。話は広がらなかったね(笑)。

 

――やはり知ってる土地が舞台の方が書きやすいものなんですか?

ちゃんと取材する時間があれば、真新しい視点で、たとえば旅人の視点でかけたりするじゃない。住んでいると土地勘がある感じの表現になるんだけれど、新しいところに行って取材した場合、どんなに取材してもよそ者の視点が入ってくる。それはそれで面白いからいいんだけれど、年々、スケジュールがタイトになって取材する時間が少なくなってるんだよね。だから、自分の過去の経験とか、それまで蓄積したものを使わなきゃいけないという機会がどんどん増えている。俺は比較的大きな作品をやらせてもらっている気がするんだけど、その規模のドラマでもそうだから、深夜のすごい機動力を求められるドラマであったり、TikTokとかの配信のドラマであったり、ああいうのやってる人は、本当に調べる時間がない中でやってんだろうなと思います。

 

――早稲田卒業後に脚本家になったきっかけはなんですか?

新卒で東宝に入って、砧(きぬた)の撮影所勤務になった。最初は制作進行っていう現場の一番下っ端だったんだけれど、当時、脚本の賞があって、それの応募作の下読みを我々新人がさせられてたのよ。だから、形式もきちんとなってないような脚本も読まなきゃいけなくて、中にはすごいものもあったんだけれどね。一方で、東宝のスタジオには脚本倉庫があって、そこにある脚本は自由に読めた。その中には黒澤明さんとか、橋本忍さんとか、倉本聰さんとか、名だたる作家の脚本があって、すごいなと思うような本が読めた。自分が関わる作品の中には「この脚本にこんなにお金払うの?」とか「これが映画化されちゃうの? これがお客さんに届いちゃうの?」と思うような脚本もあった。これなら俺のほうが書けるんじゃないか。じゃあ自分で書いてみようか」って思ったことが脚本家になろうと思った一つのきっかけです。

あと、映画ってみんなで作る団体競技なので、コミュニケーション能力であったり、自分の立場を瞬時に見極めて行動する能力とかが求められる。でも、それが本当に苦手で。撮影現場では考える前に命令に従わないと、本当に現場が回らなくなる。だから、いちいち突っかかったらダメなんだけれどそれが無理で。「集団でものを作るのは苦手だな。でも、映画が好きだから映画を作りたいな」となったときに「個人作業でできる映画の仕事って何だろう?」と考えて、「脚本家ってそうなのかな」って、そのときは思ったんだよ。後に違うって分かったんだけど。そういうこともあって脚本を書き始めた。当時も各テレビ局でシナリオコンクールがあったから、書き上がったら締め切りが近い順に応募していくっていうことをやった。二作目か三作目のときに賞をもらったので、それで脚本家になったっていう感じです。

 

――最初にシナリオコンクールで受賞した作品は覚えていますか?

すごく覚えてる! 光る眼』っていう万引き保安員の話。結構豪華なキャスティングで『愛が叫んでる』っていうタイトルになってオンエアもされた。大賞は取れたのだけれど、審査員の藤本義一※1さんや内館牧子※2さんから厳しい講評をもらったのもよく覚えてるね(笑)。

※1 藤本義一氏。小説家、脚本家、放送作家。ラジオドラマなどで多くの脚本を執筆したほか、バラエティ番組の司会者としても活動。『鬼の詩』(1974)で直木賞を受賞。
※2 内館牧子氏。脚本家、作家。『想い出にかわるまで』(1990)(TBS)をはじめ、NHK連続テレビ小説『ひらり』(1992)、NHK大河ドラマ『毛利元就』(1997)などを執筆

 

――なぜ万引き保安員を題材にしようと思ったのですか?

常日頃、気になることって、圧倒的な興味を引くものか、悲しくさせるか、怒りを感じさせるか、たいていこの3つのどれかだと思う。「なんでこんなに腹立たしいんだろう?」「なんでこんなに悲しいんだろう?」「なんでこんなに面白そうなんだろう」ってことを調べてみたいと思うんだよね。最初は、葬儀屋の話を書いて応募して、その次はいじめの話だったかな。3番目で保安員の話で。全部が圧倒的な興味か悲しみか怒りか、どれかで引っかかって、調べ始めたら「面白いな。こんなドラマになるんじゃないかな」っていう、大体いつもそんな着想だと思う。

 

――執筆やご自身の人生に影響を与えた作品はありますか?

小学校5年生、1981年くらいに見た降旗康男監督、高倉健主演、倉本聰さんが脚本の『駅STATION』という映画かな。それを見た時に「なんてすごくいい映画なんだ」と思った。あとは、中学1年生の頃に見た、セルジオ・レオーネ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』っていう映画が、これまた素晴らしくて。自分に影響を与えたこの2作品に、両方とも東宝マークが付いてたのよ。だから、中学を卒業する頃には東宝に入ろうって思ってた。

高校に入って東宝に入るにはどうすればいいのかなと調べたら、大卒しか応募資格がないんだなとか。どこの大学の人が一番入っているのかなと思ったら、十数人しか採用されない会社なのに、2人くらいは必ず早稲田が採られてるぞって。後のち早稲田の卒業生が多かったからそうなってたっていうのに気づくんだけど、その時は「早稲田に行っていれば東宝に入りやすいんだ」って勝手に思っちゃった。

 

――近年の執筆活動をされる中で、少し前の作品と比べて変化を感じることはありますか?

20年前と比べて規制が多いよね。テレビ全体がそうだし、映画もテレビ放送を念頭にしているから、やっぱりテレビに準じるんだよね。もちろんスポンサー的な規制もあるよ。ガス会社が入ってたらガス爆発はやめてねとか、車会社が入ってたら車で死体運ばないでねとか、いろいろあるんだけど。

それ以外には、たとえば『人を殺した犯人が逃げていて、警察に追われています。走ってくるバイクを蹴飛ばして、そのバイクを盗んで逃げました』っていう流れを書くとするじゃない。その時に、「櫻井さん、バイクを盗むのはいいんですけれど、ヘルメットも一緒に盗んでください」「えっと、警察に追われてバイクを盗んで逃げる時に、一生懸命フルフェイスを脱がせてっていう余裕は、犯人にはないですよ」「それでもやってください」と。「でもね、殺人罪を犯しているんですよ。それから窃盗罪も犯してるんですよ。殺人罪と窃盗罪の描写がよくって、道交法違反はダメってどういうこと?」って言うとね。「ヘルメットをかぶっていないと、クレームがネットやSNSから来るんです」と。そういう規制が、本当にここ10年ぐらい多くなった。

あともう1個びっくりしたのは、捜査会議の席で『被疑者はこの時間、ウナギ屋にいたとアリバイを主張しています』って、刑事が発表するセリフを書いたら、「ウナギ屋ってセリフ、やめてください」って。「うなぎ屋さんかうなぎ店にしてください。うなぎ屋と言われると、気分を害する人がいるから」って。でも、捜査会議の席で『犯人はウナギ屋”さん”にいた』なんて言わないでしょう。「うなぎ店」だとうなぎ屋さんじゃなくて、うなぎ卸店を思い浮かべちゃう可能性もあるし。だから「それは嫌です」って、必死に抵抗して。でも、「居酒屋はそのままでいいです」って。「なんで?」って思った。今の時代いろいろな人が先回りして自主規制しちゃうんだよね。クレームを言ってくるスポンサーがいたとしたら、スポンサーからクレームを受ける広告代理店、そこからクレームを受けるテレビ局の営業部、そこからクレームを受けるプロデューサーって、クレームの伝言ゲームみたいになってる。その中のだれもクレームは受けたくないのよ。だから、そういうクレームが来ないようにしようって、あらかじめ画策しちゃうんだよね。先回りするのが仕事だと思ってる人が多いのよ。だから、どんどん表現の幅がそれ狭まってきてるなってのが、ここ最近の10年ぐらい感じたこと

あと、ドラマも映画も配信されることが多くなって、倍速で見る人が増えたのね。そうすると、それを見越しての発注が来ることがある。例えば、「俺は浮気をしたけれど、本当はお前のことが好きなんだ」っていう男女のシーンを作ったりするじゃない。でも、実はそう思ってないことを、「男の方が貧乏ゆすりをしていた」とか、「タバコを強く揉み消した」とかっていうセリフ外の表現で表すことがあるの。でも、それって倍速で見ると、タバコを消しているのが見えない、貧乏ゆすりがわからない。そうすると、「あれ、さっき愛してるって言ったはずなのに、なんでまた浮気するの? この脚本変だな」ってなる人が出てくる。そうならないように、「全部セリフで説明してください」っていう発注が来ちゃう。本当はこう思ってるけれど、その真逆のセリフを言わせるのはやめてくださいとか。でも、人ってそういうものじゃないでしょ? セリフを全部裏表のない言葉だけにしてくださいということになると、当然、他に深みを出さなきゃいけない。だから、ドラマの文法が変わっていったっていうのはあります。結局、脚本の内容も変わらざるを得ないんだよね。

 

「作品に確固たるテーマを」

――原作や過去シリーズのある作品を書かれることが多いですが、それらに特徴的なことはありますか?

そういう作品の脚本を書くときは、オリジナルとは全く別の脳を使わなきゃいけないなと思う。まず原作者がいる場合は、必ず原作者と一緒に打ち合わせをする。『名探偵コナン』はこのタイプ。

昔、別の作品で、1年間くらい脚本を作っていた脚本家がいたんだけど、その人が降ろされちゃったことがあった。その後、俺が緊急で後任として入れられたから、前任者の脚本を見せてもらった。確かに原作と大いに違うんだけれど十分いい本だったんですよ。「なんで降ろされたんですか」って聞いたら、「実は原作者の了解が取れてなくて、原作者が怒ってしまった」と。原作者とプロデューサーの間に、出版社の映像事業部、コンテンツ事業部のプロデューサーや編集者が入って伝言ゲームみたいになっていたらしいんだけれど、「本が上がったんで、先生にお伺い立ててください」ってプロデューサーが連絡を入れたところ、その伝言ゲームのプレイヤーたちは、「今、先生は他の作品の執筆中で忙しい。このくらいならば先生に言わなくてもいいだろう」っていうことが、要所要所であったとしか思えないのよ。

このことがあってから原作者とは必ず直接打ち合わせするようにしています。それができない原作に関しては、受けないようにしています

 

——櫻井さんの手がける作品には多くの人物が登場しますが、キャラの動かし方や話の組み立て方について心がけていることはありますか?

順序立てて作るっていうよりは、まず物語の核を考える。テーマでもいいし、刑事モノだったら、動機でもいいし、個人の考えや思想、信条であってもいい。そういったものをいつも念頭に置いて書かないと、登場人物がバラバラの動きをしちゃって、収拾がつかなくなっちゃうんだよ。設定したテーマが弱いときはそうなっちゃうから、必ず自分の中で確固たるテーマを置いて、それに沿って人物を動かす

 

——どういったテーマを設定しているのですか?

テーマはできるだけ具体的なものがいいね。例えば、高齢者の話を書くとして、今、高齢者世帯って年金だけで暮らすのは大変だな、っていう作品を書こうと思ったとする。でもこれでは非常に抽象的なテーマだと俺は思ってる。

「年金少なくて大変だろうな」ってイメージだけで書いちゃうと、登場人物が変な動きをしちゃうと思う。例えば俺が昔書いた脚本を例にとると「明日のことを考えることが、一番辛い」って言った老人がいました、って最初に設定した。「このセリフを書く」っていうぐらいテーマは具体的にしたほうがいいと思う。

なんでこのテーマにしたかというと、俺が昔高齢者の話を書こうと思ったときに、サービス付きの高齢者住宅(サ高住)に取材に行ったことを思い出したから。

そういうとこに入居している人だから金銭的には裕福なはずなのに、取材したときに「明日のことを考えるのが今一番憂鬱です」って言ってた。認可されているサ高住に入っている人ですらそう思うんだから、お金がなくて、生活保護とかを受けていたり、年金だけで無認可の高齢者住宅にいたりする高齢者ってどんな気持ちなんだろうと思った。じゃあそこからドラマ書けるなって思って、全体のテーマになるその核を「明日のことを考えるのが、一番辛い」っていうセリフにしよう、登場人物にそう言わせようってところから始めた。

——『科捜研の女』や『名探偵コナン』のトリックなどは専門的な知識が幅広く必要になると思うのですが、どこから入手しているのですか?

トリックに関して言うと、自分1人で考えてるわけじゃないですね。例えば『コナン』の場合は、結構自由に脚本を書かせてもらっているんだけど、トリックを考えるときは出版社であったり、テレビ局であったり、なんと贅沢にも、原作者の青山先生も一緒に考えてくれます。

『科捜研』とかもそうですね。基本、自分で考えなきゃいけないんだけれど、どうしてもAのシーンとCのシーンをつなぐBのトリックが浮かびませんということになると、集まってみんなで考えましょうとなります。そのためにはAのシーンとCのシーンを具体的に書かなきゃいけないんだけど、それは脚本家の仕事だから。

他の人たちからいい案が出なかったとしても、みんなと話しているとアイデアが浮かぶこともあるんですよ。だから、やっぱりみんなで集まって考えるのは大事だと思います。

ただ『科捜研』はちょっと特殊で、科学捜査の話なので、事件に使える最新科学の知識を蓄えとかないといけないんですよ。だから脚本を書く上で科学論文は読むようにしています。『科捜研』では、警察で実際に使われてなくても、禁止されている捜査方法じゃなければ使っていいよっていうのが約束事になっているので、科学論文の中で映像的に使えそうなものをピックアップしています。

だから、寝る数時間前には科学論文を読むことにしています。読むとよく眠れる(笑)。

 

——櫻井さんが脚本を担当された劇場版『名探偵コナン』は社会派なテーマの作品が多いですが、そういったテーマを扱う際にどういったことを心がけていますか?

作品を書くときに必ず核を作って、その上で登場人物を動かす。その核が圧倒的な怒りや悲しみや興味であることが多いので、それでみんなに社会的だって思われているテーマになることが多いのかなと思う。あと俺の場合、特に『コナン』では「大きな悪の組織の話を書いてください」とか「FBIや公安警察を書いてください」っていうリクエストが多かったりするんですよ。

もう1人の方、大倉さん※3と年交代で書いてるんですけれど、プロデューサーや制作陣が多分役割を分けてるんでしょうね。俺は警察官とか、FBIやCIA、公安警察について書くケースが多いから、どうしてもそういう社会的なテーマから逃げにくいんです。社会が抱えている問題からはやっぱり逃げちゃダメなんですよね。それは『相棒』や『科捜研』でもそうなんですけれど、登場人物が警察官ですから、日頃働くときに、刑法、刑事訴訟法などの法律から逃げちゃダメなんですよね。あえてそういったややこしい部分を書かないで、エンターテインメント風に見せるっていう手法もあるんですけれど、俺は逃げずにそこをちゃんと書こうと心掛けています。

※3 大倉崇裕氏。小説家、脚本家。『から紅の恋歌(ラブレター)』(2017)以降、『ハイウェイの堕天使』(2026)など劇場版『名探偵コナン』の脚本を6作担当。

 

——実際にそういった職業の方への取材は行われるのですか?

しますね。現職の公安警察の人への取材は流石に無理だったので、元公安警察の人に取材に行ったりしました。あとは警察官、弁護士、検察官、裁判官に取材したこともあります。でも一つ気をつけているのは、犯罪者側を書くときに犯罪者、また犯罪者側だった人には取材しない。立派に更生されている方もいるので、あまりこういうことは言いたくないんですが、取材すると関係性がどうしてもできちゃうんですよ。今って本当に、ちょっとでも反社の人との関係があると、仕事ができなくなっちゃうじゃないですか。だからそういう犯罪をしていた人たちに聞いた方が早いんだろうなってときもちゃんと警察の人に聞いたり、麻薬のことだったら厚労省の麻取の人に聞いたりしています。

 

——これまで脚本を担当された作品のなかで、とりわけ印象に残っているものはありますか。

難しいね。1話完結のものを1本と考えると、今まで250本以上書いてきてるのよ。そのなかで、印象に残ったもの、大変だったなあと思うものはあるんだけれど、思い出すたびにまた変わってくる。さっき高齢者の話が出たけどその時書いた脚本も印象的だった。

科捜研の女』のもう10年以上前のシーズンの最終回(season13、File15・LastFile)。高齢者ばかり住んでいる無認可のアパートで焼死体が出ました、って話。それがさっき言った「明日のことを考えるのが、一番辛い」って書いた作品なんだけれど、それが今でも印象に残っている。なんでこんなことになるんだろうって思いながら書いた。それを回避するにはどうすればいいんだろうって答えも最後に示したつもりだったから。

あとこれも去年あたりに『科捜研』で書いたテーマなんだけど、犯罪被害者が民事の損害賠償で、犯人から賠償金を得るケースがあるじゃないですか。ただ、それが支払われてないっていう問題があるんですよ。裁判で買収金を勝ち取っても、国は取り立ててくれないんで結局支払われないっていう。でもそのテーマって僕『相棒』とか他のドラマで何回か書いてるんですよ。ただ、去年の科捜研で書いたのは、もし賠償金を支払ってもらってない被害者遺族が、その賠償金を支払ってもらう権利、債権を反社に売っちゃったら、どうなるだろうっていうストーリー。これまで何度も使っていた、犯罪被害者に支払われるべき賠償金未払いというテーマを新たな切り口で書くこともできるんだって思ったのが新鮮だった。印象に残った作品はなんですかって聞かれて今思いついたのはその2つかな。

「心の網を強くする作品を作りたい」

――どのような人が脚本家に向いていると思いますか?

特徴が2つあって、1つは、頭の中のスポンジを感情や情報でぐちゃぐちゃにできること。ものを書くって、自分の中に何かをこれ以上溜めたら自分が壊れちゃう、気持ちが悪いってところまで溜めて、スポンジみたいに絞るような作業だと思ってる。その絞る作業っていうのは、やり方を書いてある本もあるし、シナリオ学校みたいなところもあるし、なんだったらプロデューサーやディレクターが教えてくれたりもする。絞り方って教える人がいっぱいいるんだよ。ただ、スポンジをぐちゃぐちゃにする方法を教えてくれる人は誰もいない。

あともう1つは、自分と主義・主張が合わない大嫌いな人がいたとして、その人を善人として描けること。大嫌いな人を自分の中に落とし込んで、その人を正義のヒーローとして描くことができるかどうか。嫌いな人はどうなろうと知ったこっちゃないってシャッターを下ろしちゃう人は(脚本家には)向かないです。どんなに嫌いでも一回その人の気持ちになって「なんでこの人はこうなんだろう」と考えてみたいと思う人が向いています。ドラマも映画もそうなんだけれど、何十人という登場人物の気持ちにならなきゃいけないんですよ。どんどん憑依していかなきゃいけない。その時に自分の嫌いな人物を、善人としてリアリティや説得力を持って書かなきゃいけないことがある。

嫌いな人の気持ちになるのは苦痛なんですよ。自分が傷つくんですよ。自分の人生を否定しながら、その人の人生を生きなきゃいけなくなるので。でも、普段から傷つく覚悟をして、心を強くしていれば、つまりは、いい意味で普段から自分を大事にしていなければ、それに耐えられるはずなんですね。だから、普段からルーティンとして、細かく傷ついていくっていうことが大事だなって思います。そうしていけば、逆に人の気持ちを考えられるようになる。自分の許容量を自分自身でいっぱいにせずに、人のために空けておく。それは余裕じゃなくて、分割ですね。このストレージはもともと人のために使うものなんですって決めてしまうと。50ギガ空けとけば、スマホだって動きやすい。人の心だって動きやすいんですよ。

 

——早稲田の先輩として、学生に伝えたいことはありますか

サークルに入ろう、本当にね(笑)。僕が学生の時は、学費を稼がなきゃいけなかったけど、さっき言ったように働くのはすごく楽しかったの。当時はまだバブルの名残りがあったんで、社員になっちゃえば稼げたし、当時夜間の学部で、すごく学費が安かったのよ。今では考えられないぐらいの学費だったからこそ、働きながら通えてたんだけれど、今だったら絶対無理よ。当時、東京の実家から通えてたから、給料から毎月学費を払っても、手元に数万円は残ってた。毎月お小遣いとして使えるお金があったから、早稲田の先生しか入らないようなお店に入ったり、いろんな飲食店に行ったりして充実してて楽しかったんだ。

当時はサークルライフを送っている他の大学生よりも、俺の方が絶対充実した学生時代を送っていると思ってたの。でもね、卒業したら、さっき言ったように、あの時しかできないことだったんだと思うから、サークル活動をやった方がいいっていうか、その時しかできないことを見極めてやった方がいいと思う。

もちろん、みんな「いろんな経験した方がいいよ」って言うじゃない。経験するのにも順番があるって俺は思ってるの。例えばね、これも誰かから聞いた話なんだけれど、口の小さい大きな壁の中にできるだけのもので、いっぱいにしてください。この壁が自分の脳だとしたら、その中でできるだけ多くのでいっぱいしてくださいって言った場合、最初に砂を入れちゃうと、砂でいっぱいしちゃうと、もう何も入らない砂しか入らない。でも、最初に大きな石を入れて、それが入らなくなったら、小さな石を入れて、それも入らなくなったら、砂利を入れて、それも入れなくなったら、砂を入れて、その入らなくなったら、水を入れていってやると、どんどん入っていく。

じゃあ、その優先順位は何かって言ったら、まずそのできるだけ大きなことに、最初に取り組むことと、その時にしかできないことに取り組むこと。大きなことに取り組む前に、いろいろ下調べして勉強してからやろうっていうのは、すごく良い考えだとは思う。いきなり壁に大きな足入れたらね、壁の底が割れて壊れちゃうかもしれないから、戦略的に先に砂を引こう。それはいいよ。ただ、砂を敷くことに、一生懸命になっちゃって、自分の壁が砂でいっぱいになっちゃいました、とならないようにしないといけない。

だから、最初にまず、あまり調べすぎないで、大きなものに取り組む。どうせ取り組みながら、調べなきゃいけないことが出てくるから。でも、やりながら調べたほうが、その調査は絶対はかどるの。なので、まず大きなことから取り組むこと。で、その時しかできないことから取り組むことっていう順番でやった方がいいんじゃないかなって、この年になって思います

 

――脚本家など、映画・ドラマの制作に関わりたい人に向けて何か伝えたいことはありますか?

AIが進化していって、これからどんどん進化しすぎると思うんですよ。その時にその調べるであったり、それから言語能力であったりっていうのは、実はもうAIにはかなわなくなってくると思うんですよ。でもAIが本来は何をすべきなのかとかいうのを判断できる人になってほしいなって思うんですね。だから、さっき言ったように、その、クレームを受けるのが嫌だから、あらかじめ先回りして、自主規制しようっていうような人間にならないでほしい。あらかじめの自主規制はAIでもできるんです。ただ、後々、どんなに自分が傷ついても交渉しようっていうのは、人間にだけ許されていることなんで。劣化版AIにはならないでください。あと、さっき言ったこと重なっちゃうんだけど、頭のスポンジを水分でぐちゃぐちゃにできる人間になってほしい自分の大嫌いな人を、自分の中に入れられる人になってほしい。そういう人が多分、この世界で生きる、何か表現しようっていうものの片棒を担ごうって人になるはずなんで。そういう人に入ってきてほしいなと思いますね。

 

――脚本家に限らず、AIに対して人間が身に着けていくべき力はなんだと思いますか?

難しいよね。最終的にジャッジを下すのは自分だと思う。ジャッジを下すのに、立派な人間にならなきゃいけないのかとか、経験を積んだり人の信用とか人からの権威であるとかを大事にするのは別に構わないし、そういう人の方がいいんだろうけど。

それよりも、どんな人間の気持ちにでもなれるっていう人が、本当にジャッジできる人だと思うんですよ。だから、さっき言ったように、自分の主義主張が相反する人の気持ちになって、俺はなれるんだっていう人が下したジャッジの方がいいと思うんですよ。だから、例えば、日本に移民を入れるべきか否かっていう話になったときに、その移民を入れた場合のメリット・デメリットっていうのは、AIがちゃんと調べてくれます。で、それを見た上で、「移民を入れたら治安が悪くなる一方だ」って人の気持ちもわかるし、「いや、少子高齢化の日本で、必ず移民の力が必要になる」っていう人の気持ちもわかるし、両方の人たちの怒りや憂いもわかりますという人がジャッジした方がいいじゃない。本当にいろんな人の気持ちになれる、自分と相反する人の気持ちになれる。それがこれからAIが進化していく中で、人間の生きる道なのかなと。AIって多分、条件の入れ方によって、どっちか側の答えになってしまうと思うんですよ。客観性は保ってくれるんだけれど、メリット、デメリットの出し方も、条件を入れる人の主義主張によって変わってくる気がしちゃうんですね。だからこそ、AIを使ってジャッジをする人は両方の意見の人の気持ちになれる人がいい

 

——これまで作ってきた作品やこれから作っていく作品を通じて、どういったことを伝えていきたいですか?

花火みたいな作品ってあるんですよ。その場で見たときに綺麗で楽しくて、いつ思い返してみても、「ああ、あのときの花火綺麗だったな」と思い出せるような。日常の疲れを癒し、心の網に引っかかったゴミを洗い流してくれて、その網を修復してくれる作品。

こういう作品は素晴らしいとは思うんだけれど、俺自身はあまりそういった作品を書きたいとは思わないんですよね。

むしろ、心の網を強くする作品を作りたい。こんなひどいことを実際に経験したら、自分の心が壊れてしまう。でも、いつか自分に降りかかってくるかもしれない。だから先にドラマや映画で疑似体験することで、いつかそういう目に自分が遭ったときに、自分の心を保つことができるようにする。フィクションって、そういう力もあるんだよっていうことを示す作品を書きたい。心の網を修復するのではなくて、心の網を強くするための作品を書いていきたい。これまでも8割くらいはそういう作品を書いてきたと思うし、これからもそうしていきたいなと思っています。