脚本を『silent』『いちばんすきな花』『海のはじまり』などの生方美久、演出を映画『花束みたいな恋をした』、ドラマ『カルテット』などの土井裕泰が手掛け、18年ぶりの地上波連続ドラマ主演となる蒼井優をはじめ、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチなど豪華キャストが出演した。
内容を明かさずにスタートし、先の見えない物語と複雑な人間模様は多くの視聴者を惹きつけた。
最終回の放送から1ヶ月を経た今、チーフ演出を務められた土井裕泰監督にお話を伺った。
監督というフィルターを通して見えたもの
——まず初めに、土井監督が『Tシャツが乾くまで』に参加された経緯を教えてください。
今回は僕のもとに話が来る前から企画が動いていて、脚本が生方美久さん、金曜ドラマで夫婦の物語、不倫が1つのテーマであるということは聞いていたんです。僕が参加した後で蒼井優さんをはじめキャストが決まっていきました。
僕が企画に入ったときには既に5話までの脚本ができていました。バス事故に関する大きな謎が物語を牽引していて、細部は生方さんならではの非常に濃い台詞の表現に彩られている。毎回次の展開を期待させるような作りになっていて、面白いドラマになりそうだなという予感がありました。
——6話以降は、生方さんやプロデューサーの方々と話しながら作られたのですか。
そうですね。 ただ、生方さんの中で初めから全体のアウトラインがあったと思います。今の時代を象徴する作家である生方さんが表現したいことを僕がどう形にしていくかが今回の課題だと思っていたので、上がってきた脚本に対して意見の交換をしながら、基本的なラインは崩さずに作っていきましたね。
——塚本連平監督と小牧桜監督も演出として参加されていましたが、どのように関わっていたのでしょうか。
たとえば小牧さんは第5話を演出されていましたが、5話だけでなくほぼ全部の脚本の打ち合わせに参加して、全体としてこのドラマでは何を表現するのかというコンセンサスを取りながらやっていました。ただ、誰が撮るかによって、あえて「フィルター」という言葉を使えば、僕というフィルターを通したものと、別のディレクターのフィルターを通したものは明らかに違うわけで、それも連続ドラマの面白さであり良さですよね。それぞれのフィルターを通して何をどう表現していくかは、各ディレクターの課題としてあったと思います。
——生方さんが「共感や感動を目指した物語ではない」とコメントされていましたが、土井さんは演出の際に視聴者にどう受け止められるかを意識されましたか。
僕はこれまでどう共感してもらうかを手掛かりにしてドラマを作ってきた人間なので(笑)、最初は少し戸惑ったんです。ただ、共感が頼りと言うけれども、全ての人の共感が必要だとは思っていない。深く届いた人が少しでもいれば、ちゃんと周りに影響していくと思っていて。むしろみんなが面白いと言うものをそんなに信じてないんですよ。不特定多数の人がわかると言うものを追いかけていくと、いかに「あるある」を入れていくかという考え方になるじゃないですか。それよりも、「こういう人がいるかもしれない」「こういう人がいたらどうするんだろう」「私とは違うけど、私にもこういうところがあるかもしれない」「私がこの状況に置かれたらどうするんだろう」みたいな、想像力に訴えかけるようなことでいいと思うんですよね。
——登場人物は皆、単なるいい人では終わらないキャラクターだったと思います。
この作品は「人間って一面だけではない」という話じゃないですか。「最もよく知っているはずの人のことを、本当に知っていたのだろうか」となることがこの物語の始まりであって。今回に限らず僕は、自分以外の人の全てはわからないということがドラマだと思っているんです。
「考察ドラマ」と呼ばれたけれど、最初から考察を生むために、物語の仕掛けを作っていたわけではないんです。来週も観たくなるような終わり方をすることは、連続ドラマをやる上での定石ですし、あえて考察させるためのミスリードを作ることは考えていなかったんですよね。人間をどう描くか、どのタイミングで何を見せていくかをシンプルに考えていたので、放送が始まって「考察ドラマ」として語られたのが、ちょっと意外だったというか、びっくりしたんですよ。
——脚本を読まれた段階で頭の中に思い描いてたものと、実際に現場で俳優さんが演じられたことで印象が変わることもあったのでしょうか。
あくまでも脚本は文字で書かれたものであって、それを人間の身体を通して表現するには、常に何らかの化学変化が起きなければ、ドラマを作っている意味も、俳優や演出家がいる意味もない。どのシーンでも、想像を超えたいと常に思っています。今回は蒼井さんの芝居を見て、「すごい…」と思わず言ってしまったことが何度もあります。
今回脚本で十数ページ分も会話をしているシーンが結構あったんですよ。でもそれを4時間くらいで撮らなくてはいけない。短時間に集中して、どう撮りたいか、どう効率よく回していくか、どういう順番で撮影していくか、各部署のプロの意見を集約していくのも僕の仕事です。
——キャストの皆さんは先の展開をどこまで知って演技されていたのでしょうか。
クランクインの時点で全話の台本がありました。その都度細かい修正はありましたが、全体の流れはわかった状態だったので、「次どうなるんだろうね?」ということはなかったです。充が帰ってくることも咲子の離婚歴も最初からわかっていたんです。
——登場人物の過去や感情を全て説明せず、視聴者に委ねている部分が多いように感じます。演出する際に意識していることはありますか。
基本的に言葉で説明せずに伝わればいいなと思っています。なるべく必要最小限の説明で表現したい。テレビドラマは基本的に生活の中で観るものじゃないですか。受け身で観ることが多いので、ある程度のわかりやすさは意識しています。ですが、ただわかりやすい表現ではなく、どこまで視聴者のリテラシーを信用するかは、作品のテーマやトーンによって毎回微調整しています。
——以前インタビューで、「俳優が台詞を自分のものにして話せる場をつくり、カメラアングルや映像で、面白く見せようとしたり、悲しく見せようとしたりは基本的にしない」とお話しされていました。そのような考え方は、今回も共通していたのでしょうか。
生方さんが書く台詞は言葉が強いじゃないですか。独特な言葉の選び方をしているから、俳優さんにとって自分の肉体から言葉が自然に出ているようにするのは、大変なことだと思います。生身の言葉が出せる環境を作るためにも、俳優さんにどういう場所で、どういう距離感で話せばいいのかを考えていくことも演出家の仕事です。あとは、わかりやすく言うと「悲しいシーンに悲しい音楽をかけたくない」みたいな気持ちがあって(笑)。観る人を誘導せずに、なるべく芝居だけで伝わればいいと思っていますね。
——様々なヒットの要因を分析した記事が出ていますが、監督ご自身は多くの視聴者に作品が受け止められた背景にどのようなことがあると感じていますか。
僕自身、どうして皆さんがこんなに反応してくれたのか実はわからないんです。ただ僕は生方さんという今の時代の確かな言葉が書ける感性の作家と、とてもスタンダードな仕事ができたという実感があります。人間がいて、会話があって、それをどう撮るかというシンプルな仕事。外連味のある演出で見せるのではなくて、生方さんの書いた一筋縄ではいかない言葉や場面を、俳優さんたちとどう表現するのかを考えながらセッションできたことが楽しかったですね。それが視聴者にも伝わったのではないでしょうか。
——これまでにも土井さんは夫婦や家族を描く作品を手掛けてこられましたが、今回これまでの作品と共通している部分や、異なっていると感じた部分はありますか。
作品で描かれる家族や夫婦の捉え方が自然に変化していると感じています。家族や夫婦だからお互いを常に見ていないといけない、わかり合わなければいけないということではなくなってきている。今回親との関係性がよくない登場人物たちばかりだったように、家族もひとつの呪縛だということを明らかにしているのも現代的なテーマですよね。
『カルテット』(2017年)で満島ひかりさん演じるすずめが危篤の父親に会いに行きたくないと言ったときに、松たか子さん演じる真紀の行かなくていいという言葉が、家族に対する呪縛を救う。『スロウトレイン』(2025年)も3人姉弟でありながら、年に一度お正月に集まるくらいの近さで、そこにパートナーが加わって新しい関係が生まれる。そういう関係性の描き方が自然になってきていると思います。
『Tシャツが乾くまで』U-NEXTにて配信中
——亡くなったあずさが樹生のもとに現れた後に、Tシャツが届いたシーンが印象的でした。物を通して現実が繋がっていく場面で意識されたことはありますか。
Tシャツが届く場面は塚本連平さんが演出された回(3話)でしたが、今作の特徴として亡くなった人が日常のシーンの中でシームレスに出てくるじゃないですか。ああいった演出はそんなにやったことがなかったんです。また、イマジナリーで出てくるシーンと回想シーンでは表現に差をつけるのかどうかも難しいなと思ってたんですよね。3話を観ると、台本通りシームレスにシーンが繋がっていて、でもその効果がちゃんと表現されていた。演じた中島歩さんにとっても難しいシーンだったと思いますが、奇をてらわずまっすぐに芝居で突破していて、素敵でしたね。
——最終話で、翔があずさの遺影を直接手に持って靴を見せる動きのリアリティに引き込まれました。こうした登場人物の細かい仕草はどのように演出されているのですか。
あのシーンは、現場で翔を演じた久保田薫くんに「ママに靴を見せて」と言ったら、彼が自発的にやったんです。「あ、そうなるんだ」と思って、ちょっとグッときて(笑)。その薫くんの芝居をもとに、中島さんたちと芝居を組み立てました。
——亡くなったあずさが樹生のもとに現れるのと同じように、咲子のもとに充が現れたことで、充は亡くなっているのではないかという声が序盤で上がっていました。そういった演出には何か意図はあったのでしょうか。
ミスリードしようという気持ちは本当になかったです。その場にいない人が、イメージの中に存在して会話をするということが、この脚本の独特の表現の1つだったので、単純にそれをどのように映像で描くのかを考えていました。ただ、最終回で咲子とあずさがコインランドリーで話すシーンは、ある種のファンタジーでいいかなと思いました。もしコインランドリーで2人が会っていたら、こういう関係性だったんじゃないかというイメージ。あとは同じく最終回で充がバスで少年に語りかけるシーン。充の少年時代を演じた寿昌磨くんが演じたのですが、脚本では小学生の男の子が乗ってきて、充が声をかけるとしか書かれていないんですけど、その前の咲子とあずさのシーンがファンタジーであれば、バスのシーンも充が少年時代の自分に語りかけてあげてもいいかなと思って。その2つのシーンは意図的にファンタジーとして撮りました。
——最後のシーンでドアを開けると、ピザ屋の配達員の服装をした充が立っているメイキング映像が公開されていましたが、どのような意図なのでしょうか。
あのシーンで蒼井さんがクランクアップ、ドラマ自体もオールアップだったんです。松山さんは前日に全て撮影が終わっていたんですけど、蒼井さんへのサプライズとして、本番でドアの前にピザ屋の格好をして立っていたいと彼が言ったんです(笑)。最後のカットは庭から撮っていて、誰が立っていたのかは見えない状態で「おかえり」という言葉だけだったんですけど、松山さんから蒼井さんへのサプライズを一応スタッフが裏でカメラを回して撮っていたということなんです。オフショットとして公開されるとは全く思っていませんでした。演出的な意図は全くないけど、充は案外近くでデリバリーとかをやっているんじゃないかと松山さんとは冗談で話していましたね。
——主題歌がスピッツの『見知らぬ糸』に決まった理由を教えていただけますか。
最初にプロデューサーからスピッツを提案されて、すごくいいと思ったものの、スケジュールが合わなくて一度は諦めかけたのですが、ギリギリまで粘ってなんとか間に合わせていただきました。最初に曲を受け取った段階で、既に歌詞もボーカルも入った、完成品に近い状態だったのですが、一発で「参りました!」と思いましたね。僕は1990年代からドラマを作っていて、その頃は主題歌を毎回一番良いところでかけて、それに合わせて映像も編集していました。だから主題歌をどう使うかはすごく大事なことなんです。アーティストのフィルターを通して、ドラマのテーマがくっきりと浮かび上がってくる瞬間に出会うたびに、「プロの仕事ってすごいな」って感動するんです。今回もまさにそんな感じでした。
特別ではない、すぐ隣の世界を描く
——『九条の大罪』はNetflixシリーズを経て来年1月には映画版も公開されます。ドラマと映画では表現や演出に違いはあるのでしょうか。
映画はNetflixシリーズの撮影からほぼ続けて撮っていたんです。映画では、観客が能動的に作品と向き合えると思っているので、想像力にどう訴えかけるのかをすごく考えています。ただ今回は内容的にもNetflixシリーズとダイレクトに繋がっているので、シフトチェンジをすることがなかなか難しかったですね。Netflixシリーズでは「ここで終わるのかよ」って僕も思いましたから(笑)映画も楽しみにしていてください。
——世界中の視聴者に届けられる配信ドラマの制作にあたって、どのような意識で演出されていたのでしょうか。
もちろん世界配信という意識はあります。ただ、『九条の大罪』には原作があるので、まずはその世界をどう実写化するかですよね。原作には直截的な表現も多いですし、どう広い層に観てもらえるのか考えるのが全ての始まりでした。最終的に世界配信を意識したのは、編集や音楽をつけるポストプロダクションの段階ですね。
——登場人物たちに感情移入してしまうような温かい空気感がある一方で、ボウリングの球を使う場面など、痛みを感じさせるシーンも描かれています。そういったシーンはどのように撮影されたのでしょうか。
あのシーンは山本剛義監督の演出回だったのですが、カメラの前に分厚いアクリル板を置いて、レンズに向かってボールを投げてもらうんです。ボールが迫ってくるカットは、レーン上を動く機材を作って、ボールを手前に置き、ボールと一緒にカメラが進み奥に吉村界人くんがいるという感じです。痛々しいシーンですが、美術も照明も撮影もみんなで工夫する、とてもクリエイティブな作業なんですよ。
——裏社会が描かれる『九条の大罪』と、これまでの土井さんの作品ではギャップがあるように思ったのですが、ご自身ではどのように感じていますか。
『九条の大罪』は裏社会の人間が出てくるけど、1話に出てくる交通事故の加害者やその事故によって人生を狂わされた家族、2話での黒崎煌代君が演じた曽我部、6、7話での石川瑠華さんが演じた雫にしても、現実では出会わない人たちではなく、私たちの隣人のような人たちの話だと思って描いていました。最初から特別な人生を歩んでいたわけではなく、普通に生きていた人が、誰かが作った借金やちょっとしたきっかけで、一歩ダークサイドに足を踏み入れてしまっただけなのかもしれない。
「イメージと違いますね」と言われるけど、実はあまり違和感は感じていなかったんです。
映画版で描くエピソードは、原作を読んで一番やりたいなと思っていたところだったので、むしろ楽しかったです(笑)。壬生と犬飼、壬生と九条の取引、袂を分かった九条と烏丸がどうなるのかを映画の中心として描いています。予告では九条が逮捕されるところが流れていますが、それも原作通りです。
出会いが繋がった先に
——企画に参加されるにあたって、どのようなことを考えているのですか。
やりたいことが全て形になるわけではなくて、空いてる時期に参加したものが、次の何かに繋がるなど、偶然の出会いが大事だなと思うことがあって。初めてディレクターをやったのが1993年のことですが、僕がアシスタントディレクターをやっているときに、プロデューサーに「次はディレクターをやってみるか」と声をかけてもらって、やらせてもらった。それを見てくれた別のプロデューサーが、声をかけてくれるというふうに。だからどういう時期に、誰と出会って、どんな作品をやったのか、今考えると出会いが全てだなと思う。たくさんの人が関わって作っているので、自分の気持ちだけでうまくいくことはない。やはりある種の運もあるし、思わぬ出会いが何かに繋がる仕事だなと思うんですよね。
——携わった作品の中で思い出に残っているドラマはありますか。
1995年に放送された『愛していると言ってくれ』ですね。僕が連続ドラマを演出した2作目のドラマです。まだ携帯電話やメール機能をみんなが使っている時代ではなくて、僕らも台本に対するやりとりをFAXでしていたような頃だったんです。豊川悦司さんが演じる晃次と常盤貴子さん演じる紘子が、一度別れる展開のあたりでの観ている人たちの反響が大きくて。でも、脚本家の北川悦吏子さんや、演じている豊川さん、常盤さんの思いもあって、「どうすればいいの? みんなの思いがぶつかっちゃう」みたいになって。でも撮影は待ってくれない。なんとか答えを出しながら前に進んで行くしかないんですよね。朝までFAXを送り合って意見交換してから現場に入ったりして。そのときにディレクターって大変な仕事だなって痛感したんですよね。ドラマを作っている人の気持ちも、視聴者の気持ちも、全部受け止めて、答えを出して表現しなくてはいけないのだと突きつけられたというか。あの時期にあのドラマに出会わせてもらったことにもちゃんと意味があったと思いますね。
——『Tシャツが乾くまで』はオリジナル作品でしたが、原作がある作品と演出方法に違いはあるのでしょうか。
演出というのは、「この作品は何を伝えるためにあるのか」「どういうテイストだと伝わりやすいのか」を考える作業なんですよね。『コウノドリ』や『九条の大罪』のように、漫画原作のドラマで一番難しいのは既にビジュアルがあること。読者が脳内でキャスティングをしているわけじゃないですか。映像化の際には単に相似形にするのではなく、「その人間がどういう人か」「何のためにその人がいて、私たちは何を受け取るのか」がブレないようにしています。原作ものは話が既にあるから楽だと言う人もいるけど、むしろ僕は難しいと思うし、緊張しますね。
——俳優さんや作品によって演出の仕方は変わるのでしょうか。
作品が変われば、表現したいことや見せ方も変わるので、当たり前のように一から考えることになります。俳優さんには、順を追って伝えた方がいい人と、ダイレクトに伝えれば意味を汲み取ってもらえる関係性の人がいます。ただ、なるべくシンプルなワード、短いセンテンスで伝えるようにはしていますね。
——土井さんはどのようにキャスティングに関わられているのでしょうか。
どういう人がいいかという意見交換はプロデューサーとしますし、あるエピソードで出てくる大きな役に関しても、自分の中でイメージがあれば伝えます。他の作品との調整や制作費などの問題はありますが、役のイメージに関しては自由に話し合いながらやりますね。
——『Tシャツが乾くまで』では、井ノ原快彦さんが魚を持って歩いてくるシーンを観て、ぴったりなキャスティングだと思いました。
篤彦という役はイメージをみんなで出し合いました。現場で見て、井ノ原さんでよかったなと思いましたね。
——様々な映像メディアから話題作が次々と生まれる今だからこそ感じる、テレビドラマならではの魅力や強みとは何でしょうか。
テレビドラマって生活と共にあるものだと思っていて。たとえば「来週これを観るために頑張ろう」と思えたり、毎日の楽しみにしたり。生活の中にあることが大事なんだと今回改めて実感しました。今回すごく色々な人から反響がありましたが、SNSを見て思ったというよりは、会社ですれ違った人がわざわざ戻ってきて、「観てます」と言ってくれたり、エレベーターで話しかけてくれたり。そういうアナログな、観ている人の体温を久しぶりに感じたんですよね。観ている人の生活の一部として届いているんだなと久しぶりに実感したドラマだったんです。これがテレビドラマの面白さなんじゃないかな。また、今は動画配信サービスなども併用することで、好きなときに好きなツールで自分なりの見方ができるようになって、本当に豊かな時代になったと思いますね。
——土井さんは早稲田大学のご出身ですが、大学時代を振り返るといかがですか。
大学に入って、何をやったらいいかわからなくて。大学1年の秋に、大隈講堂裏のテントでやっていた芝居を観て感動して、怖いけど飛び込まないと何も始まらないと意を決して、自信もないまま演劇研究会に入りました。早稲田で芝居を観ていなかったらどうなっていたのか考えることはありますけど、そこで何かを学んだというよりは、演劇との出会い自体が今に繋がっているんだなと思います。
——昔の作品から最近のリアリティの際立つ作品まで、時代とともに土井さんの演出スタイルはどのように変化しているのでしょうか。また、変わらない思いもお聞かせください。
自分ではわからないけど、自然に変化していると思います。僕は勧善懲悪の物語を撮りたいとはあまり思っていません。立派な人、立派なことを撮るよりも、ダメな人たちがそれでもなんとか頑張って、一生懸命生きている姿を撮りたいと思っています。それは変わらないかな。ただ、表現の仕方は、年齢や時代によって変わっていると思います。基本的には、いいところもダメなところもひっくるめて、人間って厄介な生き物だということを描くのがドラマだと思っています。ただ、それ以外のことでは、常に自分をアップデートしていきたいですね。
1964年広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後TBSに入社。
ドラマ『愛していると言ってくれ』『ビューティフルライフ』『GOOD LUCK!!』『空飛ぶ広報室』『コウノドリ』『カルテット』『この世界の片隅に』『Tシャツが乾くまで』映画『いま、会いにゆきます』『映画 ビリギャル』『罪の声』『花束みたいな恋をした』『片思い世界』などを手掛ける。2027年1月には監督を務めた映画『九条の大罪』が公開予定。

瀬尾咲子(蒼井優)の夫・充(松山ケンイチ)や園田あずさ(夏帆)らが乗ったバスが転落事故に遭い、あずさは死亡、充は行方不明となる。そんな中、あずさの夫・樹生(中島歩)から充とあずさが不倫していたと聞かされた咲子は、2人の「第三金曜日の秘密」に迫っていく。2組の夫婦が隠す過去と秘密をめぐるヒューマンミステリー。
脚本:生方美久 音楽:haruka nakamura 主題歌:スピッツ『見知らぬ糸』
プロデュース:千葉行利 宮川晶 演出:土井裕泰 塚本連平 小牧桜
出演:蒼井優 中島歩 高橋文哉 齋藤飛鳥 庄司浩平 飛永翼 久保田薫 / 夏帆 / 臼田あさ美 リリー・フランキー 松山ケンイチ