
よく学び、よく呑み、よく遊んだ学生時代
——石破さんはどのような学生時代を送っていたのですか?
私は高校から慶應だったんだよね。中学は鳥取大学附属中学校。ちょうど中学から高校にかけての頃、父親が鳥取県知事だったから、県知事のせがれなのに出来が悪いぞって地元の高校で思われるのが嫌だったんだよね(笑)。なので高校から慶應にしたんですよ。早稲田学院でもよかったんだけど、なんか慶應の方がかっこよさそうだった。
高校では3年間体育会系で運動ばっかりしてたから、大学では真面目に勉強したね。法学部法律学科に進学して、司法試験受験サークルに入った。そのサークルで早慶戦の時に、神宮球場の前で徹夜で宴会やったりもしてた(笑)。刑法が大好きで、一生懸命勉強してたんですよ。でも民法はよくわからなくてね。だから大学3年生でゼミを選ぶ時は逆に一番苦手なものをやろうと思って、民法の物権法のゼミに入った。それはまあ厳しいゼミでしたけどやってみると面白くて、結局よく勉強してましたね。土曜日の午後は三田で法学の演習があって、それが終わったら三田の居酒屋で終電まで吞んどった。だから本当によく勉強もしたし、よく酒も呑んだし、よく神宮球場で騒いでおった。それなりに楽しい4年間だったと思ってますよ。
選ばれる「楽しい地方」を
——私は三重県から上京して早稲田大学に進学したのですが、正直なところ地元に戻る将来像が見えていません。若者が地元に戻らない理由は、意欲の問題ではなくて就業等選択肢の少なさにあると考えているのですが、どのようにお考えですか?
昭和40年代から50年代、佐藤栄作先生や田中角栄先生が総理大臣を勤めていた時代は本当に地方が楽しかった時代だった。もちろん今よりも豊かではなかったけれども、毎日が楽しかったし、輝いてたっていう時代があったんだよね。
たしかに当時も、東京一極集中って言葉はないにせよ、東京だけが栄えるっていう兆しはあったんだけど、地方には地方の素晴らしさがあった。そんな地方の繁栄を何が支えていたかっていうと、公共事業と誘致企業だった。田中角栄先生の日本列島改造論、言葉ぐらいは聞いたことがあるかもしれないけど、日本国中に新幹線や高速道路を作るみたいな話ですね。日本国中、道路や鉄道が良くなり、空港やダムができ、農村が整備された。そんな公共事業が地方を支えていた。それに加え、家電とか洋服とか、同じものを安くたくさん大勢の人で作るっていうビジネスモデルが展開していて地方もその恩恵を受けていたのね。うちの地元で言えば、鳥取三洋電気という企業が5000人ぐらい雇用しておったのよ。つまり、当時地方を支えていたものは、公共事業と誘致企業だった。
しかし、今はもうある程度インフラが整っているし、高度経済成長期ではないから、昔のように公共事業をバンバンやることはできない。むしろ老朽化したインフラをどう補修するかとか、ミッシングリンクをどうやってつなげるかとかが課題だね。また大量生産のビジネスモデルも、もう日本では通用しない。そういったことは発展途上国の方がよっぽど得意だから。その結果、地方を支えていた産業が随分と衰退してしまった。だけど、じゃあ地方で勤め先がなくなったかと言うと、そんなことはないんですよね。三重県だって有効求人倍率は結構高いですよ。私の鳥取だって高いですよ。勤め先自体はたくさんあるんだけども、若い人を惹きつけるような魅力ある産業っていうのが、なかなかね。
——どうすればこれからの時代に地方を活性化させることができるのでしょうか?
地方にかつての公共事業や誘致企業に代わる産業を作っていかなきゃいかんのだろうね。やっぱり地方の利点っていうのは、基本は第一次産業だと思うんですよ。農業、漁業、林業っていうのは、世界の中でも日本は相当有利な条件が揃っている。だけども、かつては「農業、漁業、林業、そんなものは頑張らなくてもいい、農業機械をどんどん入れて、労働時間を減らして、浮いた労働時間で誘致企業や公共事業で働いてね」って構造だった。だから、農業も漁業も林業も生産性は全然上がらなかった。その生産性を向上させれば、第一次産業にはすごい伸びしろがあると思っているんですね。他にも、電力とか水とか、新しい時代に合った地方の産業ってものを作っていかなければいかん。それが私の考える地方創生だったわけです。
しかし、そんなふうに勤め先があっても、若い人たちが東京に集まるのは、ひとえに東京の方が楽しいからだろうね。いろんな人がわらわらいて楽しい。だから、楽しい地方というものをどう作るかってのが、難問でね。勤め先はあってもさ、楽しさがないんだよ。
地方の小さい町ではさ、もう誰が誰だかみんなすぐわかる。あそこの息子はどうだとか、あそこの嫁がなんだとか、そういう口さがない人たちのいろんなバッシングにさらされるところがあって。その点、やっぱり東京は自由だしエキサイティングなのでね。地方にどうやって楽しさを作るか、生きやすさを作るかっていうことが、実は地方創生の最大の難問なんですよね。
——若い人と女性に選ばれる地方とは何だとお考えですか。
たとえば村祭りなんかやる時も、酒飲んで楽しむ男の傍らで、女性ばかりが一生懸命料理を作っているとかさ。アンコンシャスバイアスみたいなところで「男はこうで女はこうだ」みたいに決めつけられちゃうと、女性は非常に居づらいと思うんですね。だから、若い人と女性に選ばれる地方はどうやったらできるんだろうって考える。もちろん、一発解決ということはないけれど、それぞれの答えを見つけていかなければならないと思っています。

政治家とメディアの無責任が国を滅ぼす
——2025年、『戦後80年に寄せて 内閣総理大臣所感』にて、メディアが戦争支持へ傾き、ナショナリズムを加速させた歴史について語られていました。この歴史を繰り返さないためにも、現代のメディアは報道に関してどのような責任を負うべきだとお考えですか。
戦前のメディアは新聞やラジオだったんだけど、たとえば新聞社と陸軍が一緒になって、国民を煽るような好戦的な報道をする。勇敢に戦う日本軍の写真を載せるわけだ。すると売れて、新聞に広告がいっぱい載る。そうなるともう止められない。
ちょうど昭和初期ごろ、明治維新を成し遂げた元老たちがだんだんいなくなって、議会も内閣も軍のコントロールができなくなっていった。だからメディアが権力の暴走を止めなきゃいけなかったのに、それもできなかった。当時の大日本帝国に限らず、今の日本でも誰が責任持ってるかわからない組織がよくあるじゃないですか。そういう組織が己の保身に走るときに、組織は滅びるし、そういう組織の集合体は最終的に国を滅ぼしてしまう。だから、我々政治家・官僚はもちろんのこと、メディアもそれなりの使命感を持って仕事してもらわないといけないんだよね。自分たちが儲かればいいとかじゃなくてさ。
昭和15年かな、帝国議会で斎藤隆夫という立派な代議士が時の総理大臣に対して「日中戦争の目的とはなんだ?」「戦争はどうやって終わるんだ?」と聞いたんだよね。「反軍演説」として知られてるやりとりですね。そしたら、軍を侮辱したとして彼は衆議院を除名になった。本当は国民でも議員でも分かっている人はみんな思ってたことだけど、自分の身を案じて本当のことが言えなかった。異論を言うと非国民だと言われちゃうから、みんな自分の責任を果たそうとしなかった。
それは現代でも同じことが言えると思う。今のメディアや政治家も、ただ己の利益を追うだけではいけないんだよね。誰も責任を果たさずに自分の利益を追求すれば、国は滅んでしまう。そのことは今でも変わってないんです。
「一億総週刊誌状態」からの脱却
――現代では、SNS上でセンセーショナルな情報があふれ、国民一人ひとりがその情報に踊らされている状況にあります。SNSの問題点について、石破さんはどのようにお考えになっていますか。
SNSの特徴は無責任っていうところにある。匿名性があるから、誰が発信しているかよくわからない。さらにSNSには拡散力があるから、いわば「一億総週刊誌状態」になっている(笑)。
つまり情報の真偽がほとんど問われない。ただ面白ければいいという価値観がある。そして自分の発信にも責任は負わない。でも、表現の自由、思想・信条の自由があるから、規制はなかなか立法的に難しい。
でもね、ちゃんと活字を読もうよっていうことだと思います。私は総理になる前はできるだけ、JRとか地下鉄とかに乗るようにしてたんだよね。そうしないと社会がどうなっているかわからないからね。だけど、JRに乗ろうが地下鉄に乗ろうが、本読んでる人も新聞読んでる人もいないよな。みんなスマホ見てるよな。便利なんだけど、自分の頭でものを考えなくなるよね。答えがすぐ出てくるし、自分の好む情報ばかり集まってくるからね。そういう社会を脱しようと思えば、活字をちゃんと読むっていう、そういう文化をもう一回作らないとダメだと私は思っているんだけどね。
――それは学校教育の成果として実現するということでしょうか。
そう。だから、小中学校のときからきちんと本を読もう、というような教育をやっていかないと、本当にとんでもない世の中になるような気がしますね。自分の頭でものを考えなくなると、人生を生き抜く力も乏しくなってしまう。特に学生の間はどれだけ本を読んでもいいっていう自由がある。図書館に行けばなんぼでも本があるし、まっとうな教授もいるから。そういう人たちの書いた本も読んでみるといいと思うけどね。
――後ろの棚にすごい数の本が並んでいますけども、すべて政治家になられてから読んだ本なのですか。
ほとんどがなってからだと思いますが、(本を取り出す)大学一年のときに買った本もまだ持ってますよ。これは当時のスタンダードな教科書ですよね。今でもたまに読みますよ。特に憲法の教科書なんかはよく読みますね。たとえば自衛隊法を理解しようと思ったら、憲法を理解していないとわからないからね。今でも役に立ちますよ。どこに何が書いてあったのかなっていうのは覚えてる。詳しい内容は忘れてるけど(笑)。本の読み方の一つとして、スタンダードな学者の本を何度も読むというのも、原点回帰という意味で大事だと思いますね。

「勇気と真心をもって真実を語る」
——ご自身の経験からリーダーや政治家に必要なものとは何だとお考えですか。
昔、渡辺美智雄先生という立派な人がいたんだよ。もう亡くなられてずいぶん経つけど、この人がこんなことを言っていたよ。「政治家に必要なものは勇気と真心をもって真実を語ることだ」と。
私がこの話を聞いたのは28歳だったかな。「お前たちは何のために政治家になるんだ。金が欲しいのか。先生と呼ばれたいのか。いい勲章が欲しいのか。女にモテたいのか。そんな奴は政治家になるな。政治家の仕事というのはたった一つ、『勇気と真心をもって真実を語る』それしかないのだ」って言われてね。 私はその言葉に感動した。
真実っていうものは、自分で見つけなきゃしょうがないんだよ。早稲田の先生がこう言ってるからって、偉い政治家が言ってるからって、それは真実とは限らない。
真実は自分で見つけないといけない。でも見つけた真実はだいたいウケないし評判が悪い。私は総理の時に「減税よりも給付だ」ということを主張していた。でも、全然ウケなかったね。みんな減税だ減税だって言ってたけど、減税したら、財源に穴が開く。消費税は社会保障のために使うから、穴が開いたら借金をしなくちゃいけない。借金をしたらもっと財政が悪くなる。財政が悪くなったら円が安くなって金利が上がる。金利が上がったら物価が上がるよ。だから、そんなことやっちゃダメなんじゃないのと言ったけど、ダメだったね。今頃になってやっぱりそうだったんじゃないかみたいな話になってる。
真実はウケないけれども、それを語る勇気を持たないでどうするんだと。ただ、見つけた真実を勇気を持って語っても、分かってもらえなきゃ意味がない。だから人に分かってもらうために必要なのが、真心なんだろうということなんだよね。
田中角栄先生は「歩いた家の数しか票は出ない、握った手の数しか票は出ない」とよく言ってたよ。だから一日数百軒歩いて握手して、手をついてお願いをした。そうしないと立派なことを言っても、聞いてくれないからね。知識だけだったら、学者の方がよっぽど持ってるし、AIに聞いても大体わかる。知識があるのは当たり前、判断力が正しいのも当たり前のこと。加えて『勇気と真心をもって真実を語ること』こそが一番必要なことだと思うね。
石破茂と安全保障
――石破さんが安全保障に力を入れるようになったきっかけはなんですか。
我々昭和三十年代前半生まれは、まだ戦争が終った十数年後くらいで、当時は漫画雑誌でも戦艦大和やゼロ戦が毎号のように特集されてたんだよね。だから、そのときの子供たちってのは、戦艦とか戦闘機とかには憧れを持っていた。みんなプラモデルを一生懸命になって作っていたね。軍事に対する興味は子供の頃からあったし、私はそれが人一倍強かったのかもしれない。
だから、国会議員になったときに安全保障をやりたいなと思った。ただ、その頃はまだ旧軍の生き残りの方々が国会議員を務めてたりして、なんとなく戦前っぽい雰囲気もあったんだよ。そんな中で、新防衛族と言われる私や岩屋さんとかは「精神主義はやめよう」と思ったわけだ。日本の防衛法制は軍としての法律というより警察としての法律のかたちでできているから、それを知らないといざという時に自衛隊を動かせない。戦車、戦闘機、護衛艦、それぞれ何ができて何ができないかも知らないとちゃんとした命令が出せない。我々が議員になりたての頃は、冷戦終結間際の時代だった。ソビエトを中心とする東側、アメリカを中心とする西側がにらみ合っていた。「バランスオブパワー」って言って、互いの力がバランスを保ってる間は大きな戦争は起こらないんだ。どっちが勝ってどっちが負けるか分からないような状態で核戦争なんかになったら地球が滅びるから、互いに怖くて戦争にならなかった。だけど、冷戦が終わってアメリカ一強になったときに、領土、民族、宗教、経済間格差みたいな戦争のタネがうわっと顕在化した。ユーゴ紛争やイラク戦争がそうだったよね。そして9・11同時多発テロで、テロリストという国家ではない主体が国家と同じような大量破壊行為ができるようになってしまった。国家ではないから国連決議も国際法も何も効かないわけね。それで、安全保障ってのはますますよく勉強しなきゃいかんと思った。
「安全保障のジレンマ」っていうのがあって、お互いが疑心暗鬼に取り憑かれると、ある国がものすごく軍事力を増やしたら、うちももっと増やさなきゃと軍拡競争になるんだ。第一次世界大戦はその典型なんだけど、なんで戦争になったか全然わからないってことが起きるんだよね。どうしてオーストリアの皇太子が暗殺されたらヨーロッパ中、世界中を巻き込んだ世界大戦が起きたのかわからない。つまり、ちょっとしたきっかけで戦争は起きてしまうんだよね。だから自分の国の防衛力を高めることは大事なんだけれども、それと同時に、どんなに仲が悪くても、いつでも話ができる環境を作っておかないといけない。そうしないと一触即発で何が起こるかわからないからね。本当に安全保障って究極のテーマだよね。たとえば、軍隊と警察は何が違うと思う?
――戦争ができるかどうかでしょうか。
ちょっと違うね。「軍隊は国家に隷属する。警察は政府に隷属する」っていう言葉があるんだけど、対外的にその国の独立を守るのが軍隊の仕事で、対内的に国民の生命、財産、治安を守るのが警察の仕事なんだ。軍隊の仕事は国の独立を守るものだから、相手は対外勢力になる。だから、常に国際法に基づいて活動するのが軍隊なわけだ。だけど、東京の警視庁がニューヨークで大活躍ってことはありえないでしょう。警察は基本的に国内を管轄するものだから、相手は国内勢力。
このように同じ実力組織でも全く違うものなんですよ。だけど、日本の場合は警察予備隊が保安隊になり、保安隊が自衛隊になってしまったから、基本的に自衛隊の法制度が警察の構造のままなんだ。だから文民統制を十分に効かせることもできていない。
――軍人ではない文民が軍隊を統制することですね。
そう、シビリアンコントロールとも言いますね。日本では防衛大臣が自衛隊を統制している。でも自衛隊について何にも知らない人が防衛大臣になったら、これほど怖いことはない。自衛官たちが国会に来て答弁することはないから、防衛大臣が代わりに答弁しないといけない。
その防衛大臣が自衛隊のことを知らなかったら、どうして軍隊のコントロールが政治にできるんだと。この国には軍人の犯罪行為に対する処罰を専門とする裁判所もない。でも一般社会の法理と軍事組織の法理は全く違う。だから裁判官も検察官も弁護士も、軍人の行為を裁くには、そういう知識がある人間が必要なんです。それに軍隊はその国における最強の実力集団だから、最も厳しい規律がなきゃいかんし、厳しい規律を課すならそれに見合う名誉が必要。だが、この国にはそういう発想がどこにもないんですよね。
さっき言った「軍隊は国家に隷属する」というのは、国の自衛権というのは自然権的権利だから政府より以前に存在する、ゆえに政府が間違ったときはクーデターを起こしてそれを倒すことができるという考え方なんだよね。日本でも成功はしなかったけど、過去に五・一五事件があり、二・二六事件があった。そんなことにしないためにも司法、立法、行政によるきちんとした自衛隊のコントロールが必要だと思います。
外交努力による戦争回避を
——アメリカとの関係についてはどうお考えですか。
日米同盟っていうのは世界の中でたった一つの変わった同盟なんだよね。普通はどんなに大きな国とどんなに小さい国の同盟であれ、どんなに強い国とどんなに弱い国の同盟であっても、基本的に主権国家同士の同盟は果たすべき義務が同一です。
しかし日米同盟では、アメリカと日本が果たす義務の内容が違う。アメリカは日本を防衛する義務を負っている一方で、日本はアメリカを守る義務を負えない。なぜならば日本国憲法上、集団的自衛権の行使に制限があるからだ。「アメリカは日本を守る義務を負うのに、日本はアメリカを守らないのか。不公平だ」ってアメリカ側は思うわな。それに対して日本は「いやいや、そうではありません。日本はアメリカを守る義務は負えない代わりに日本の国土を米軍基地として提供する義務を負います」と。これが日米同盟なんです。
——それは正しい同盟の形ではないと。
正しいというか、義務が非対称だとお互いに不満が出て、持続可能性に乏しいのではないかと私は思うんです。在日米軍は必要ですよ。日本だけで守るって言ったら、防衛費は今の10倍にしても足りないからね。だからアメリカとの同盟は大事にしなきゃいけない。だけども、それは日本人が納得して、日本国の判断として「三沢に空軍の基地が必要だ、岩国に海兵隊の基地が必要だ、横須賀に海軍の基地が必要だ。なぜならば~」ということを自分で決めた結果でなければいかんでしょう。それを条約上の義務として負っているがゆえに、みんな安全保障に対する考え方が麻痺するというか、思考停止に陥るんじゃないですか。
じゃあアメリカはいつでも必ず日本を守るのか。もしニューヨークやワシントンに核兵器が落ちても日本を守るのか。そんなことわかんないぜ。当然守らない可能性だってある。そうならないためには、日本を守ることがアメリカの国益にかなう状態にし続けること、外交的な利益をアメリカ側と重複させるような努力が必要なんです。
——中国との関係についてはどうお考えですか。
最近、中国に対して勇ましいことを言ったり、中国との没交渉を求めたりすることが流行っているけれど、「中国と没交渉で本当にいいことがあるのかい? 」ということです。
昨年、高市総理が国会答弁で「台湾有事は日本有事だ」と言っておられた。台湾有事は日本有事であるというのはどういう状況かというと、台湾が中国から武力侵攻を受けました。それに対抗してアメリカが台湾防衛の軍を出します、ということになっていて、台湾とアメリカが中国と武力衝突している状況は、日本国民の存亡にかかることと認定して、中国が日本に対して攻撃していなくても、日本から中国に対して攻撃を始めますよ、ということを言ってるわけです。かなり重いご発言だったと思います。
中国からすれば、「おお上等だ」って話になりかねませんよね。たしかにそういう可能性があることは間違いではない。だけども、明言してプラスにはならない。だから今まで誰も言ってこなかった。何も中国とベタベタ仲良くするのがいいと言っているわけではない。でも「中国なにするものぞ!」みたいなことを言っていて、日本に勝ち目があると思っているならそれは大間違いです。戦争って始まったら簡単には終わらないんだよ。だから外交努力でどうやったら戦争にならないかということを考えないといけない。だって戦争になったら迷惑するのは国民だぜ。でもこういうことを言うと、一部の人から左翼だって呼ばれちゃうんだけどね。
石破茂、読書のすゝめ
——学生へのアドバイスをお願いします。
学生の時、もっと本を読んでおけばよかったなと思ってる。だから学生の時期は多く本を読むのがいいね。私のおすすめでいうと、寺島実郎さん。この人は早稲田のOBで日本総研の会長や三井物産の副社長だった人。この人の書いてる本は読みやすくて、内容が深い。あとはちょっとマニアックになるけど、田中美智太郎さんの政治論は面白い。(本を取り出す)最近の人だと、辻田真佐憲さん、この人の本も面白いよ。古いのだと小室直樹さんとかもめちゃくちゃ面白い。『日本人のための憲法原論』とかね。社会人になるとね、本当に時間がなくて本が読めなくなるから。
我々国会議員は国会図書館が自由に使えるという特権を持っていて、6階が専用フロアになっているんだけどね。大体そこを使ってる国会議員っていつ行っても一人か二人なんだよ。もったいないよね。「本読んでも一票も増えないし、パーティー券一枚も売れない」って言われちゃったらそうなんだけどさ。そういうことだけ考えてればいいんだったら、国会議員っていうのは比較的楽な仕事だろうね。
――そうなんですか。
いや、楽ではないな(笑)。生まれ変わったらもう一回議員をやるかって言われたら絶対やらん。もっとまっとうな人生を歩みたいね。特に総理大臣になったらストレスがすごいね。本当に心身ともに絶対すり減らすよ。普通にやってりゃ早死にするわな。
——では、なぜ総理大臣を務めることを決断されたのですか。
理由は一つじゃないけど、たとえば大臣でも実現できないことがあるんだよね。私は18年前に農林水産大臣をやったけど、その時から米の生産調整はやめたかった。「こんな馬鹿なことやってどうする?」「なんで税金を使って食糧生産を減らすんだ?」と思っていて。これは絶対やめたいと思ったけど、農林水産大臣の権限だけではやめられなかった。総理になったら絶対やめてやると思って、増産の方針を掲げたけど、今の大臣(取材当時)はそれを引っ繰り返したいようだね(※)。 難しいね。
※2025年10月、鈴木農林水産大臣(当時)はコメの増産路線を修正することを表明した
日本の食料自給率って今 38 %しかない 。 戦前よりもはるかに低い状況ですわな。でも本来は、日本ほど農業、漁業、林業に向いた国はない。日本ほど土が豊かで、水が豊かで、気温が温暖で、太陽光が降り注ぐという、この4条件を全部満たした国は世界に多くない。そして、世界の人は本当に日本のおいしいお米が食べたい。今世界にはマクドナルドが約4万軒ある。でもおにぎり屋はまだ約2000軒しかない。40、50年前は日本の米が食べられるほど世界は豊かじゃなかった。世界が豊かになってきている今こそ、日本の米を世界に売り出すべきだと思うんだ。だからこんなチャンスの時に増産やめてどうするのと私は思いますけどね。
——ありがとうございました。
