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『君の膵臓をたべたい』から10年。住野よるインタビュー

青春時代に出会った物語は特別だ。あの頃に読んだ小説が今のあなたの価値観を形作っている——。そんな経験はないだろうか。
『君の膵臓をたべたい』から10年。ありのままの自分を肯定したい、人と結ばれたい、人を傷つけたい……。そんな人間同士の関係性を描き、多くの共感を集めてきた小説家、住野よるのこれまでを作品と共に振り返っていただいた。

住野よる|プロフィール
高校時代より執筆活動を開始。2015年『君の膵臓をたべたい』でデビュー。同作が累計300万部を突破するベストセラーに。23年『恋とそれとあと全部』で小学館児童出版文化賞を受賞。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『腹を割ったら血が出るだけさ』『告白撃』『歪曲済アイラービュ』、「麦本三歩の好きなもの」シリーズなどがある。ライブハウスと書店が好き。

君の膵臓をたべたい

『君の膵臓をたべたい』住野よる(双葉社)

——本作は住野先生のデビュー作でありながら、2016年本屋大賞第2位に選ばれる大ヒット作となりました。デビュー作が多くの読者の目に触れ、反響を呼んだ時の心境はどのようなものだったでしょうか?

実感がまるでなく、書店に並んでいる本を見ても自分が書いたものだとは思えませんでした。様々な形で〝膵臓〟が広まっていく中で、気持ちの折り合いをつけるのに時間がかかりました。
しかしその苦労をしてよかったと思っています。今の僕が比較的自由に小説を書けるのは、〝膵臓〟が大ヒットしたおかげだからです。

また、同じ夢を見ていた

『また、同じ夢を見ていた』住野よる(双葉社)

——前作の『君の膵臓をたべたい』とは変わって、小学生が主人公となりました。世界に対する目線を高校生から小学生へとグッと下げることで、物語を書く苦労などはありましたか?

小学生目線のお話を書く苦労は特に感じませんでした。ただ工夫として、彼女達が何を知っていて何を知らないのか、細かく決めて書いていました。

——本作は「先生、頭がおかしくなっちゃったので、今日の体育を休ませてください。」という一文から始まります。
他にも『君の膵臓をたべたい』『青くて痛くて脆い』など、住野先生の作品の印象的な一文はどのようにして生まれるのでしょうか。

本屋さんでどの小説を読もうか悩んだ時に大切なのが、本を開いてすぐ目に入る一行目だと考えています。なので、一行目にはとてもこだわるようにしています。
『よるのばけもの』は一行目が最初にあって話を考えていったのですが、他の小説でも比較的早い段階で考えるようにしています。

——住野先生にとって幸せとは何ですか?

自分の書く小説を待っていてくれる人がいることです。デビュー前には考えられない幸福です。

か「」く「」し「」ご「」と「

住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮文庫刊)

——群像小説の担い手であるキャラクターたちの個性の豊かさも、本作の魅力の一つですよね。ミッキーやパラをはじめとする住野先生の作品の個性的なキャラクターたちはどのようにして生まれるのでしょうか?

どんな子を描きたいかを考え、見つけてくるという感覚が近いです。ぼんやりと輪郭が見えたらあとはその子についてひたすら考えます。

青くて痛くて脆い

『青くて痛くて脆い』住野よる KADOKAWA/角川文庫

——いわば「心の不可侵」を信条としてきた田端と、理想を追求する秋好。それぞれ全く違うベクトルで拗れていますよね。この二人の生きるテーマは、どのようにして生まれたのでしょうか?

この話の最初のとっかかりは「誰かがついた嘘を本当にする」というキーワードでした。先に二人の間に起こる物語が生まれ、そこにいるのはどんな子達なのだろうと考え、楓と秋好を見つけてきました。

——秋好と田端が直接ぶつかり合うシーンでは、理想を追い求めながらも現実を見つめるようになった秋好と、就職支援サークルへと変貌したモアイを否定する田端の「傷つけ合い」が展開されました。
変わっていくことと変わらないこと、彼らの選択に正解はあったのでしょうか?

正解はありません。しかし楓と秋好のどちらかを間違っていると断じることは僕には出来ません。自分が楓だったかもしれないし、秋好だったかもしれない。
どちらの視点も持って読者さん達に想像してもらえればいいなと考えています。

——田端のように誰かと交わることを恐れていたり、秋好のように多少なりとも理想を追い求めて努力している大学生は早稲田大学にもたくさんいると思います。
そんな彼らにメッセージを伝えるとしたら、どのような言葉になるでしょうか?

自分や誰かの為に戦い傷つく大学生活を送ることは、とても尊いと思っています。誰かの為に戦えた記憶はいつか必ず自分の支えになると思います。
あと余談ですが実は、楓と秋好のいる大学のイメージは早稲田大学なんです。

この気持ちもいつか忘れる

住野よる『この気持ちもいつか忘れる』(新潮社刊)

——本作は住野先生初の恋愛長編でした。たとえば同じく恋愛を扱ってはいるものの、群像小説だった『か「」く「」し「」ご「」と「』に比べてアイデア出しに困ったり、執筆に悩んだことはありましたか?

困ったことは香弥の人間性です。僕は書いている小説の主人公の性格に精神が引っ張られるタイプの作家です。『この気持ちもいつか忘れる』の主人公である香弥はあんなんなので、書いている最中ずっと精神状態が悪かったです。

——本作は音楽バンド、THE BACK HORNとの共作となりました。視覚的なメディアである小説と、聴覚的なメディアである音楽の融合を経験してみていかがでしたか?

大変貴重な体験となりましたし、夢がかなった一冊でもあります。この一冊で表現したかった、境界線を越えるというテーマを今後も心に抱いて活動していきたいと思っています。

——香弥には本作のヒロインであるチカが見えないからこそ、身体的なコミュニケーションがとても丁寧に描かれていると感じます。作中に登場したTHE BACK HORNの楽曲のタイトルも『輪郭』ですよね。「見えないヒロイン」を魅力的に描く中で、苦労したことはありましたか?

チカを書くのはとても楽しかったです。チカに限らず小説では登場人物の顔が見えないので、読者さんには視覚的情報以外で登場人物の魅力を感じ取ってもらわなければなりません。それを香弥に対して行うという感覚でした。
なので、香弥がチカに抱いた感情は、小説の登場人物を魅力的だと感じたことのある人には分かってもらえるのではないかなと考えています。

腹を割ったら血が出るだけさ

『腹を割ったら血が出るだけさ』住野よる(双葉社)

——作中の鍵を握る『少女のマーチ』の表現の曖昧さや解釈の幅広さは、住野先生の作品にも通ずるものがあり、その解釈を巡って展開する物語からは「住野よる作品の読者」として試されているようにも感じました。住野先生にとって読者とはどのような存在でしょうか?

読者さんに対して様々な気持ちがあります。感謝や愛情はもちろんのことですが、最も僕の感覚に近い言葉は、遊び相手です。

——糸林茜寧は「愛されたい」という感情に囚われ苦しみ続けます。他にも、宇川逢から茜寧への接し方やインパチェンス同士の関係性などに様々な愛の形が見られると思います。住野先生にとって「愛される」とは何でしょうか?

日常の中でふと大切な誰かが思い出してくれるその瞬間でしょうか。難しいですね。

——作中に登場する小説家、小楠なのかの言葉遣いや、鼻歌にふと見覚えがありました。この方ってもしかして…… ?

偉そうな小説家だなあと思います(笑)。

告白劇

『告白劇』住野よる KADOKAWA

——住野先生が書かれてきた作品は中高生が主人公のことが多いですが、本作で30代の社会人たちの物語を書こうと思ったきっかけは何でしょうか?

ものすごく正直に言うと、映像化するためでした。以前にとある映画のプロデューサーから、10代の登場人物だけでは映画にしにくいと言われたことがあり、じゃあ映像化しやすいものを書いてみようかという実験作が、「告白撃」です。別に映像化が決まっているわけではありません(笑)。

——物語の下敷きには、a flood of circleの『Honey Moon Song』がありますね。住野先生はロックミュージックから発想を得ることが多い印象ですが、音楽は作品にどこまで影響を与えているのでしょうか?

とても大きく影響を受けています。そもそもバンドを好きでなければ、〝膵臓〟も含め今のような作風ではなかったと思います。ライブを見ている最中に作品のアイデアを思いつくことが多々あります。

——本作からは大人と子ども、学生と社会人の対比が意識させられます。住野先生は、両者の境界線はどこにあると考えていますか?

分かりません。なので、そこの間を揺蕩う登場人物達を書き続けていきたいです。

最後に

——これまでを振り返って、どのような10年間だったでしょうか?

もう10年か、とも思うし、まだ10年か、とも思います。楽しかったことや嬉しかったこと、苦しかったことや哀しかったことがちょうど半々だったような気がします。
しかしそれでも小説家を続けているので、これまでの全ての感情が今の住野よるに必要なんだろうなと思っています。

——これまで住野先生の作品とともに人生を歩んできた読者の方に一言お願いします。

願わくはこれからも、小説を使って一緒に遊びましょう。

 

⭐︎今回の記事は『ワセキチvol.48』に掲載中!Web版はこちらから↓
https://waseda-massken.com/48-2/