音楽活動の原点と「カワイイ」の追求
——音楽活動を始めた経緯を教えてください。
バンドでライブハウスに出るために作詞・作曲を始めました。東京に出たとき、大学に近かった下北沢に住み始めました。下北沢ってライブハウスがいっぱいあるので、ちょっと行ってみようかな」となり、そこでいろいろなライブを見て「自分もできるんじゃないか」と感じました。そしてライブハウスでライブをやるには、自分たちでオリジナル曲とかを作って出ないといけないので作り始めた、という感じですね。それまで曲はそんなに作ったことがなかったんです。
——ヤマモトさんにとって「カワイイ」とは何でしょうか。
「カワイイ」って多くの人にとってなんとなくイメージは湧くけど、必ずしもこうだっていうふうに定まるものじゃないと思うんです。僕にとってもそうであって、理想はあるけれど、定まった形がないもの。今でもどういうものがカワイイのかを日々考えながら作っているという感じですね。でもカワイイとは何かを試行錯誤して作ったときに、自分の作曲や作詞のいいところが出るのを学んできて、自分って「カワイイ」が得意なんだなって経験的に知っていきました。なので「カワイイ」が何なのかわかっているのではなく「カワイイ」ってどういうことなのかを考えながら今もやっていますね。
——ヤマモトさんはいろいろなアイドルの方に楽曲を提供されていますが、グループの個性をどのように楽曲に反映させているのでしょうか。
頼まれて楽曲を作るということは、僕のオリジナリティを期待されているんだと思うので、それには応えなきゃいけないなと。期待されているものって対外的に見えることなので、ある程度は公約数的な要素になってくる、つまりヤマモトショウっぽいものを求められていると思うんですよね。
一方でグループごとの個性みたいなものを出さないと、アーティスト側としても全く同じような楽曲ばかりでは意味がない。そのバランスを考えながら作るとちょうどよくなるというイメージですかね。そのグループに合ったものを作ろうって思いすぎると、これまでそのグループが作ってきたものの劣化版みたいになるし、かといって依頼された通りに作ると、僕の前の楽曲と一緒になってしまう。そのバランスをアーティストごとに考えていますね。
あとはこの人たちに書いても、前と同じにしかならないなと思ったら、事情を説明して「自分じゃない方がいいと思います」というのを最初の段階でお伝えするようにしています。
——今まで作られてきた楽曲の中で、自分の作りたい楽曲とアイドルの個性がうまく合致したなと体感した楽曲はありますか。
こういう曲が好きみたいなのでいうと、FRUITS ZIPPERの「フルーツバスケット」という曲が自分の音楽的な好みの一番近いところにあると思います。それが一番気合を入れて作ったっていうわけではなくて、楽曲的にはある種地味な曲というか、FRUITS ZIPPERの中で見ても、派手さはないタイプの曲だとは思うんですね。だけどグループと一緒に、もっとわかりやすい「カワイイ」みたいな曲もやってきたからこそ、わかりやすいだけではない曲もできるようになった部分もあって、幅は出たのかなと思います。
——KAWAII LAB. さんに提供された「わたしの一番かわいいところ」「NEW KAWAII」 の2曲は、特に反響の大きかった曲だと思うのですが、この2曲についての誕生秘話をお聞きしたいです。
KAWAII LAB. の曲といっても、僕は基本的にはFRUITS ZIPPERにしか曲を書いていないんですよね。FRUITS ZIPPERに関しては、結成当初から一緒に曲を作りませんかというお話を頂いていて、最初に書いたのが「わたしの一番かわいいところ」 でした。この曲が「FRUITS ZIPPERといえばこの曲だよね」 と言われるくらいに話題になりました。KAWAII LAB. の他のグループにも曲を書いてしまうと、すべてのグループが同じような色の曲を歌うことになってしまうと思っているので、FRUITS ZIPPERにしか曲は書いていません。
「NEW KAWAII」 は、FRUITS ZIPPERというグループ自体のスローガンのようなもので、それを曲として表明できる曲を作るという目的で生まれました。曲のタイトルって普通は最初か最後に決めるんですけど、この曲については、作っている過程で「この曲のタイトルってNEW KAWAII ですよね?」 という共通認識が生まれて、自然とそのタイトルがついたんです。あまりないパターンというか、当たり前のようにそう決まったのは今思うとおもしろかったし、いい流れで作曲できていたと思います。そういうのってある意味曲作りにおいて大事なところで、曲に関わる人全員が同じ方向を向いていたからこそ、自然とタイトルが決まったのかなと思います。
解釈のズレから生まれる、新しい可能性
——作った曲が自分の意図と違う形で評価されたことはありますか。また、そのときどのように感じるのでしょうか。
歌詞の内容への意図がちょっと違うふうに取られる、みたいなことですよね。それでいうと、自分が想像もできないような人が聴くわけだから、いろいろな人がいろいろな思いを持って然るべきと思っています。僕の曲の歌詞を使って他人を攻撃するようなネガティブな使用をしていないかぎりは、別にどういう解釈をしてもらってもいいかなと。もちろん意図が全くないわけではないので、違う解釈をされた経験は実際にあります。ただ逆に「こんな考え方もあるんだ」と思ったり、次へのヒントになったりすることもありますね。今の時代、SNSがあるからみんなの感想が見えてしまうだけで、本来はそれぞれ違う感想を抱くのが当たり前。だからそこまで深く考えていないですね。
——歌詞が楽曲と不可分なものであるとおっしゃっていましたが、歌詞の特徴や詩と歌詞の違いを教えてください。
音楽についての記事や曲の解説ってネット上にいっぱいあるじゃないですか。SNSとかでも「ヤマモトショウのこの曲分析してみた」みたいな。そういうときに、ほとんどが歌詞についての分析ですよね。だから一般的にわかる話ってやっぱり歌詞の話だと思うんです。実際、曲のコード進行とか言われてもわからないじゃないですか。じゃあ詞だけ読めばいいじゃんみたいな話になると思うんですよ。ただ世の中的にそうはなっていない。ということはやっぱりそこにはメロディーだったり、音楽の部分っていうのがあるから、それをみんなが歌詞だと思って、それについて語ることができているんじゃないかなと思うんですね。
ただ僕は別にいわゆる詩やポエムとかの良し悪しとか、価値があるとかないとか、そういう話は全くわからない。僕も書いてみたことはもちろんあるんですけど、全然書けなかったんですよ。だから少なくとも僕にとっては詩やポエムは歌詞と別の領域のことだなと思っています。だから歌詞について「この歌詞って、こうですよね」みたいな議論をするとなったときに「いや、歌詞だけで僕は話せないです」「僕はあんまりそこに価値を感じてないし、歌詞だけで作ってるわけじゃないんで」と常に自分のビジネスとしてそう思っているっていうような感じですね。基本的に仕事で歌詞を書いている人はほとんどそうだと思います。詩だけで歌詞を書いているとしたら、すごい不思議で「どうやってそれを成立させているんだろう?」「良いか悪いかどうやって判断しているんだろう?」っていう感じがしますね。僕にはできないなって思います。
——ご自身の歌詞の中で気に入っているものを教えてください。
自分で作詞・作曲するときって、結構メロディーを変えたりできるんですよね。「こっちの方がこの歌詞に合うな」みたいに。一方で既に作曲家が作った曲に歌詞を書く場合、そういうことができないじゃないですか。だからそういうときの方が作詞家として仕事したなって感じがします。気に入っているとはちょっと違うかもしれないですけど、作詞家としての仕事のしどころはむしろ作詞だけしたとき。だから作詞だけした曲の歌詞を見てもらえたらなと思っています。
——楽曲をアイドルの方々に渡すとき、意識していることや大事にしていることを教えていただきたいです。
「曲を作ったので歌ってください」で終わりにしないことですね。たとえば音源を渡してレコーディングに立ち会ったりとか、一緒に歌を録ったりとかして、その中で「もっとこうした方がいいんじゃない?」って思うことがよくあるんです。なのでそういうコミュニケーションをサボらず「作ったから終わり」にしないのが大事ですね。仕事としてやる前はいい曲を作れるかどうかが大事だと思ってたんですけど、意外と大事なところって曲を作った後、あるいはその前にあるのかもしれないです。レコーディングに立ち会うのって正直しんどいんですよ。たとえば10人いたとしたら、1人1時間だとしても僕は10時間そこに立ち会わなきゃいけないんで。
でも、そういう細かいところがすごい効いてくるんですよね。かつて、レコーディングに行かなくても大丈夫だろうと思って立ち会わなかったことがあるんです。そして出来上がってきたのを聞いたら、デモで言った通りではあるんだけど、全然熱量がないというか、間違ってはないんだけど良くはないっていう苦い経験をしました。やっぱり自分がこれぐらいでいいかって思っちゃダメなんだなっていうのはありましたね。だから自分が作った曲にはそういう形で責任を取っていかないといけないなって思います。
——歌詞の受け取り方は人によってさまざまだと思いますが、歌詞の意図を伝えることはありますか?
歌う方もいろいろ考えてきてくれるので、僕が思っていることを伝えるよりも、基本的には向こうが思っていることを聞いて「そういうふうに考えるなら、こういうふうに歌ってみたらどうですか?」 とか、そこでコミュニケーションをするって感じですね。僕が伝えるだけというよりは、そこで話したり、やりとりをしたりする時間を作るようにしていますね。
——レコーディングの現場で自分のイメージしていたものと、アーティストの方が歌ってきてくれたものが違った場合、それを生かす方向に進めるのか、それとも自分のイメージに合うように修正していくのか、どのように進めているのでしょうか。
絶対に自分のやり方に合わせるわけでもないし、絶対に持ってきてくれたものに合わせるわけでもなく「なんでそういうふうに考えたんだろう」みたいなことを考えていますね。その人にはその人なりの理由があって考えてきているわけだし、僕も僕なりの理由があっての考えなので、別にどちらが正解、間違いという話ではないです。どちらの考えとも違うところに到達点があるかもしれない。いずれにしても意見がずれているってことは結構チャンスで、いろいろな可能性があるってことなんだなと思っています。意見が一致してれば終わりなんですけど、それって意外と怖いんですよ。ただ向こうが何も考えずにそのままやってきてくれているだけというパターンもあり得るので、本当にこれって意見一致しているのかなとか結構考えますね。そういうのって慣れてくると聞けばわかるんです。「もうちょっと自分の色出してみません?」みたいに伝えて、僕自身も決めすぎないでいくところは割と意識しているかもしれないですね。
模倣の先にあるオリジナリティ
——楽曲作成でどのようにオリジナリティを出しているのか教えていただきたいです。
僕は模倣の先にオリジナリティがあると思っています。いきなりオリジナリティを出そうと思っても、それで出るなら苦労しないですよね。僕が常にやっているのは、むしろ模倣。かっこいい音楽やいい音楽を聴いたときに、これってどうなっているんだろうとまず自分で再現してみる。
ただ、全く同じにはならないんですよね。自分の解釈が入っていって、そこがオリジナリティになるんじゃないかなと思っています。逆に何かオリジナルなものを作ろうと思いすぎた結果、物珍しいものにはなっているんだけど、全然いいものにはなっていないみたいなことって世の中には多々あると思うんです。だからそうなってしまうよりは、僕は本気で模倣してみて、その先にあるオリジナリティとのちょっとした出会いを求めるのがいいのかなと思っています。
——ご自身で納得のいく歌詞やメロディー、アレンジが完成した際「他者が聴いたときには全く響かないのではないか」といった葛藤や疑念を抱くことはありますか?
これでいいのかなっていうのは今でも思っていますよ。でもそうなったときに、なんでそう思うのかを分解して考えて、修正していく。それで、最後は「まあいっか」「まあやったな」ぐらいの感じになりますよね。絶対完璧でもう何も直すところがないことってありえないと思っています。ある種プロとしてやっていくことの一つの基準って、いい形で妥協できるかどうか。逆に、アマチュアのいいところって永久にやれるところだと思うんですよね。締め切りとかないので。でも人と一緒にやっていく以上はどこかで割り切らなきゃいけないし、どこかで判断しなきゃいけない。そのときに、いい意味で妥協できるかどうかが大事かなと思うんです。僕も仕事でやる以上は、どこかで妥協している感じですね。そうじゃなかったら、今でもずっとこれでいいのか考え続けるんじゃないかな。だからもう趣味で曲を作れないんですよ。趣味で曲を作ろうとすると、いくらでも追求できちゃうので終わりがない。
AIがもたらす音楽界への影響
——昨今の作曲AIが作曲家の仕事にどう影響していくと考えていますか。
音楽の歴史を考えても、音楽の発展はテクノロジーの発展とともにあるのは間違いないです。 楽器や録音技術、最近だとボーカロイドが生まれた。元々は人が歌う代わりに作られたボーカロイドを、今では人間と違う歌わせ方をすることでボカロ音楽という新しい音楽ジャンルが生まれた。新しいテクノロジーが生まれたことで、そのテクノロジーの意外な使い方も含めて音楽が発展していく。
歴史から見て、AIに関しても基本的にはそのテクノロジーの一つだから、AIによってこれからの音楽が変わっていくのは間違いないと思う。そこに対して、人間がどういうふうに関わっていくのか。たとえば、打ち込みやコンピューターで録音する技術が生まれたときに「もう楽器演奏がいらなくなるんじゃない?」 みたいなことを言ってた人が昔たくさんいたんですよ。でも実際、全然いらなくなっていないし、むしろ打ち込みによって新しい音楽が生まれた。人間には演奏できないけれど、音楽として良いなと人間が感じるものが生まれたりもしました。ただ基本的にこういうことって予想しても意味がないというか、予想できないところに広がっていくのではないのかなと思っています。AIによって音楽は変わっていくんじゃないですかとしか言いようがない。
ただそのルールみたいなところは、ある程度整備していく必要がある。これも歴史的に同じような問題が何度も起こっています。たとえばCDやレコードが生まれて、音楽が複製できるようになったのって、ここ百年ぐらいの話じゃないですか。それまでは、曲を作って、それを演奏することでしかお金を取ることができなかったと思うんですよ。でも録音したものを売ることができるようになって、商売が変わったわけですよね。そしてこのときに、その録音した複製物の権利は元の曲を作った人にあるというルールを作ったわけですよ。これって現代に生きる我々にとってはめっちゃ当たり前ですよね。ただもしルール化されていなかったら、コピーして勝手に売っちゃってもいいじゃん、売った人が全部お金もらってもいいじゃんみたいに解釈する人たちだって多分いたと思うんですよ。そういうグレーな商売って実際いっぱいあるじゃないですか。今で言ったら、たとえばAIで曲作って、それを自分が作ったってことにして印税もらうみたいなこととか。それっておかしいなとは思うけど、それでも今のところルール上では罰する方法がない。
やっぱり新しい技術が生まれると、歴史的にみて、今までのルールでは対応できないことが発生するのは間違いないです。なのでちょっと場当たり的ではあるけれど、そういうルール設定をしていかないといけないなと思います。
——ヤマモトさんは楽曲作成でどのように作曲AIを活用していますか。
僕はアレンジのパターンをいっぱい出すのに使っています。作詞とか作曲はいくらでも自分で作れるんですけど、アレンジって絶対ある程度作るのに時間がかかるんですよ。たとえばCMの仕事で「アレンジを3パターンぐらい聞いてみたいので、ジャズっぽいアレンジと、クラブっぽいアレンジと、ロックっぽいアレンジを作ってもらえますか。CMの方向性で決めきれてなくて」みたいなことを言われたときに「それ3つ作るの?」 と思うんです。どうせ1つしか使われないのに3つ作るのってめっちゃだるいんですよ。
だったらそこはAIにとりあえず作ってもらって、ジャズバージョンが良さそうですねってなったら、それをちゃんと自分で作ればいい。発注する側がいろいろなアレンジバージョンを頭の中でイメージできればいいんですけど、なかなか難しい。だから現状は、そのイメージをさせる作業のためにAIを使っていますね。
——縦型動画を通して楽曲が広がる時代で、バズることをどのくらい意識されているのか、またバズのためにされていることを教えてください。
バズることを意識はしているんですけど、今バズることを目指すのは当たり前だと思うんですよね。 ビジネスである以上、より多くの人に届けることはごくごく一般的なスタンスだと思います。音楽では、昔はヒット曲で今はバズっていうキーワードが生まれただけ。昔はテレビしかなかったので、音楽を売る手段って、テレビでたくさん流されて、多くの人に認知されて、CDを購入してもらう方法しかなかった。だからヒットはテレビと紐付いていて、よりテレビでかかる曲を作ることを考えていた。
でも今はテレビやラジオだけではなく YouTubeや縦型の動画メディアがあって、選択肢が増えたわけですよね。選択肢の一つであるYouTube や TikTok ではヒットがバズって言われているだけで、昔と目指すことは変わっていない。新しい方法論とか新しい言葉ってみんな嫌いがちだから、バズってすごく炎上ワードっぽい部分もあるけど、僕はヒットと同じ意味で基本的には使っています。
——若者に対してどのような印象を抱いているか、それをどのように作曲に反映させているのかを教えてください。
なかなか一括りに「若者は」みたいに思っているわけじゃないというか、思わないようにしているんですよね。それは自分が若い頃「若者」と一括りにされるのがやっぱり嫌だったから。そういう前提が一応あるっていう上で聞いていただければと思うんですけど、 たとえばSNSは、僕が高校生の頃はなかったんです。けれども今の若い人はSNSが当たり前にある時代に生きてきているので、その辺の感覚が当然違うんだろうなと思っています。インターネットやSNSがもう自然にある世代の皆さんに対してどういうものを作っていくのがいいんだろうと考えていますね。そこに対して良いとか悪いとかを判断してもしょうがないなとはいつも思っています。
SNS社会を生きる若者へ「気にしない力」
——SNSが出始めた前後で楽曲制作に変化が起きているということですがSNSがどう楽曲作成に影響を与えているのでしょうか。
どう影響しているのかわからないですけど、影響していないわけがないと思って生きています。「SNS向けに楽曲制作していますか?」 ということを質問やインタビューでもよく聞かれるんですけど「いや、していないわけないでしょ」と思っています。だってみんなめっちゃ使っているんだから。たとえば「空気のこと考えて生きていますか」「歩き方を考えて毎日歩いていますか」みたいなレベルなので改めて言語化する必要がないんじゃないかな。たぶんスマホやSNSって大学生の皆さんにとってそういうものなんだと思います。だから今更「SNSってこうだよね」ということは普通すぎて逆に曲にしないようにしていますね。
——最後に大学生に向けてアドバイスやメッセージを教えてください。
SNSが当たり前にある時代で、自分の作ったものや発信したものに対して、すぐに評価が返ってくるし、みんなめっちゃ評価してくるじゃないですか。僕らも曲を作って出すと、もちろんいい意見もありますけど、わけがわからないところからいろいろなことを言われることがよくあります。若い方はもっとそうなんじゃないかな。賛同してくれる人ばかりじゃなくて、どっちかというと敵が多く見える時代に生きているので、本当に大変そうだなと感じています。
もちろんそれが表現をするチャンスではあるんだけど、逆に言うとすぐ評価が返ってくることに対して反動もある時代なんじゃないかなと思うんです。そんな敵が多く見える時代でも表現や創作はやめないでほしいと思っています。やっぱりそういうところから、次の世代の新しい音楽や曲、音楽に限らずとも新しいアイデアが生まれてくると思います。だからあまり気にしない力のようなものがすごく大事なのかなと思います。大人もマイナスなことを言われたら当然嫌だけど、どこかで適当に捉えている。そういう力を大学生のときにうまく身につけたらいいんじゃないかなと思っています。